『大日本史料』 12編 22 元和元年七月~同年九月 p.606

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セシム、, 元和元年の役にき、仰によりて, 言上に及ふ、則利直にたたひ、領地にをいて殺害せしめらよ、, 月、かぼちやと云國より二疋、駿府え獻上之、其一つを拜領被仰付, え御歸陣被成、此時信直公御儀、駿府え參向奉拜〓候之節、虎之子は、去年八, 今度北重左衞門大坂を被除ニ付、方々御穿鑿被成候由、此邊をも折角改, 南部利直, 利直か家臣なるよし申により、事のよしを御尋ありしかは、のれもとは家, 戸及ひ駿府にまいるのところ、大坂にをいが擒となりし南部十左衞門某、, 臣にして、北十左衞門と申せしか、一子をうしなひ、狂氣して逐電せしむふ, 申御事ニ候、, 封國にあり、こ乃とき兩御所に、をの〳〵馬二十疋を献す、このとしの秋、江, 南部利直、駿府ニ抵ル、家康、大坂浪人北十左衞門ヲ舊主利直ニ付シテ誅, 〔寛政重修諸家譜), 一此櫻庭安房と申もの、重左衞門あにゝて候と御耳ニ立申由候、此安房は, 〔南部家記録〕七元和元こ卯年五月、今度大坂落城ニ候、依之家康公駿府, 信濃, 二百, 守, 十, 逐電ノ由, 築ヨリ來, 子ヲ拜領, 信直客埔, 衞門狂氣, リシ虎ノ, 利直十左, ヲ言上ス, 十左衞ノ, 櫻庭安房, 兄タルノ, 元和元年是秋, 六〇六

割注

  • 信濃
  • 二百

頭注

  • 逐電ノ由
  • 築ヨリ來
  • 子ヲ拜領
  • 信直客埔
  • 衞門狂氣
  • リシ虎ノ
  • 利直十左
  • ヲ言上ス
  • 十左衞ノ
  • 櫻庭安房
  • 兄タルノ

  • 元和元年是秋

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  • 六〇六

注記 (33)

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