『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.577

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世間にも沙汰有、彌下手成かよし、上手に成て不入費之用意無用也と怒ら, 之年、家康公に普請を頼給ふ、三河衆おもへらく、普請下手也と世間ニ沙汰, て、家康公の衆は普請下手也と人々いへ共、能早く出來たりとて譽給ふ、又, 成上方流之普請仕付ケされは、上方衆ゟ殊外下手なり、太閤秀吉公見給ひ, せ給ふ、此下心き、時代なれはこそ、如此普請之役目をも勤ぬれ、以來は我家, 風を以一度仕立へきものをと、山々心に思ひしめ給ひての事成を、人は不, せしか共、先年秀吉公譽給ふ間、此度ハ彌普請之手際をせんとて、種々樣々, 其城攻、或は其城を持堅る事をのみ心にかけて、普請にみかき立たる〓く, 意すると聞傳フ、何とて不入しわ事を盡スそや、惣して家康普請下手也と, 用意すると云のを、家康公被聞召て、此度普請之手際をせんとて、色々の用, 康公之旗本の者は其時ニに至て、或付城取手なと築に、手間取らすして先, 先手をも仕るものが、左樣なるこまかしき事ニは、氣御合點まいらさる, と相見へ候と、一向御取合な支御挨拶ニ御座候う也, 笑ひ候かと被申候へは、權現樣御聞被成、其元や我らなとは、關白殿の御, 〔翁物語〕上同翁語て云、去程に太閤秀吉公の代に、家康公に普請を頼、家, }, 家康ハ普, 請下手ナ, 家康ノ奥, リトノ評, 意, 元和二年四月十七日, 五七七

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  • 家康ハ普
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  • 元和二年四月十七日

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  • 五七七

注記 (23)

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