『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.743

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料の内を以、御貯へおき被遊、御他界の節、御遺物として我々兄弟三人え御, 候哉、其段に於ては不存候、親代に御貸被成たる御金の義に候はゝ、親存生, なり、其節は、外の大名衆へも拜借金被仰付候得共、いつれ共に、御定の通急, 亡父政宗代に拜借被仰付候とハ承及候得共、何樣の思召を以、拜借被仰付, 儀に付、組頭衆兩人ニ爲持被越候處ニ、越中守其手形を被見、吾等覺へ居申, 中守承り、先年拜借被仰付候節、我等方より差上候證文可有之、見申度との, 間敷との被仰樣ニ付、紀伊殿、水戸殿御借金の儀も、御沙汰なしに罷成候と, 之内、返上可被仰付儀ニ候處ニ、其通に被成置、私に返上致し候樣にとの儀, は、迷惑仕候との被申樣ニ付、埒明不申、御譜代大名の内ニて、松平越中守方, にも、拜借金相滯有之ニ付、是又御勘定頭衆ゟ返上あられ可然と有之處、越, 催促有之候所ニ、陸奧守忠宗返答被申は、吾等代になり、拜借と申儀不仕候, 度返上あられ候處に、伊達政宗へ御拜借金返上相滯り候を以、御勘定方ゟ, 讓り金の殘りの義なれは、我等共拜借致し内の義なる間、返納するには及, 張殿御返答被成候は、我々へ御借被成たる御金之儀ハ、元來權現樣御隱居, 被仰付候を、少々宛も御返濟あられ可然旨、御勘定頭衆より被申上處ニ、尾, 元和二年四月十七日, 三家返金, セズ, 元和二年四月十七日, 七四三

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  • 三家返金
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  • 元和二年四月十七日

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  • 七四三

注記 (20)

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