『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.429

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ニ我等申付分は、先小屋を懸させ、其上切取を渡候はんと思候間、其身之た, 者ヲは引せ申候、是ニ付小曾戸佐助下之者、盆戸勘解由下之者、我等下之者, よせ見申候へは、下之間歩は二尋、上は一尋半御座候、彌々古間歩ニ而は無, たり居候者共之ためニ候間、村々え屋敷わり之樣子、二郎兵衞札ヲ立候得, 候間、半の月半の日御座候間、五日ニ屋敷わり申付候はん間、當所近郷ニた, 右衞門ほらせ候、地形なわをはらせ、あと先ニ正右衞門判をさせ、取よせ見, 指越、間歩ふうをあらため、のみかとを爲致候、右ふう付候本間歩之近所正, 見立之鏈取よせ見申候へは、一向物ニ成へき石色ニ無御座候、, 申候へは、近キ所は貳間程御座候、其外は三間ほと、それゟ遠きも御座候、又, 二郎兵衞見立本間歩ぬりさなわをはらせ、二郎兵衞あと先ニ判ヲさ分取, 之とてつてい仕候、又三人之〓使之者共、二郎兵衞代官指添、後平柳田面之, 間歩共當正左衞門、二郎兵衞手だへ付置候、二郎兵衞山々究候間、正右衞門, り之樣子、又奉行人米拂之樣子、同足輕之事、半右衞門所へ申越候、二郎兵衞, と申付候、今明日之〓不入候間、長野へ無庵樣かうしつへ御見舞ニ參候、新, めニよき吉日を見候へと申付候得は、いつりう衆ニ而、吉日不存候よし申, ノ町割, 杉澤鑛山, 政景長野, へ行ク, 元和三年正月十日, 四二九

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  • ノ町割
  • 杉澤鑛山
  • 政景長野
  • へ行ク

  • 元和三年正月十日

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  • 四二九

注記 (21)

  • 1788,634,76,2209ニ我等申付分は、先小屋を懸させ、其上切取を渡候はんと思候間、其身之た
  • 1088,612,75,2225者ヲは引せ申候、是ニ付小曾戸佐助下之者、盆戸勘解由下之者、我等下之者
  • 509,613,70,2218よせ見申候へは、下之間歩は二尋、上は一尋半御座候、彌々古間歩ニ而は無
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