『大日本史料』 12編 32 元和五年十一月~同年十二月 p.737

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衆と被仰付候間、ちかいたる儀も可有之由御意ニ御座候、, 印銀はこくいの方ゟ二歩三歩うち候由、指引見申候へは、判金は壹枚ニ付, 銀壹貳匁ノ徳有、小判は爰元ゟ銀壹匁七分ノ損有、上銀壹歩四ノ損有、極印, 爰元ニ而は、つゝこかへ候歩ノ分損有、其段申上候へは、上銀を爰元にて御, 百目、此しるし〓九貫五百目と御座候間、御前にて、片岡四方助ニからくら, 崎小介兩人番ニ置、山口清左衞門、太野金右衞門よひ寄、爲渡候て、兩替之者, せ、我等印判をおし、御茶屋迄四方助方ニ爲持參、御茶屋衆山方伊右衞門、眞, 前へ罷出、其段申上候へは、窪田ニて、御自身御つめさせ被成、入日記御小性, 地主藤五郎、のとや與三兵へよひよせ、我等小屋にてくちをあけわたさせ, ツ御前ニ而口を御あけ、御渡被成候、入日記見申候へは、此しるし中三貫五, 候へは、ゆ此しるしの金貳貫五百目候て、入日記壹貫目ちかい申候、驚キ御, 四百九十五匁板ニ替候由、小判壹切は六十貳匁替候由、上銀は六歩之由、極, 四月十五日、一雨降ル、一御兩替ノ御用こ罷上候與三兵衞罷下候、御算, 四月十六日、一太山與一左衞門、京都ゟ兩替之儀申越分は、判金壹枚ニ付, 用迄極、地主藤五郎は逗留致候、, ノ割合, 金銀兩替, 元和五年雜載, 七三七

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  • ノ割合
  • 金銀兩替

  • 元和五年雜載

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  • 七三七

注記 (19)

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