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〔落穗集追加〕1御城内鎭守之事, 義こも在之候へは、江戸表におゐても、諸人參拜のため、御宮一社在之候而, ては、只今いつめの所をさして、御宮跡とは申たる物こて候哉、答て云、我ら, 寺内御宮御建立被遊、御三家方を始、諸大名御社參有之由申傳候、, 可然被答候、然レ共、別に一山を切むらき申に不及、幸ひ御祈願所の義とし, 一台徳院樣御代、元和二年四月、權現樣御他界被遊、同三年、駿州久能山ゟ日, の承り及候は、權現樣駿府の御城内に於て御他界被遊候前方、御跡々の義, 光山え御遷座被遊候ニ付、御當地こも御宮御建立可被遊旨被仰出、淺草, 東照宮の御社の御建被遊たると申儀に於ては承り不及事に候、淺草寺に, 板倉内膳正殿へ被仰置候、則日光山迄の御宮の義き、江戸より相隔りたる, 立と在之義に於ては、天下の諸人不存者とてき無之候、御當地淺草寺内に, 在之間、淺草寺觀音堂の傍に、手輕く建立可致旨被仰置候と付、御他界以後, 〔淺草寺志〕十三權現樣御宮當山御建立之覺, 同ク問て云、元和年中、下野の國日光山に御宮御建, 〔附録〕, ○上略、江戸城内山王社, 修理ノコト等ニカヽル, 建立, 東照社ノ, 淺草寺中, 家康ノ遺, 命ニ依ル, 元和四年四月十四日, 二七六
割注
- ○上略、江戸城内山王社
- 修理ノコト等ニカヽル
頭注
- 建立
- 東照社ノ
- 淺草寺中
- 家康ノ遺
- 命ニ依ル
柱
- 元和四年四月十四日
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- 二七六
注記 (24)
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