『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.277

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とも相見へ候なり, 一六一八年十月十六日、, こ付、日光山の御宮御普請始り候節より、淺草寺内の御宮の御普請も始り, 在之候を、今程は不動堂に用ひ在之、心を付能見候へは、所々に葵の御紋な, 御所樣の廟を見に行きしが、そは驚くべき建築にして、京都なる太閤樣の, に於ても、御遷座の御規式有之、諸大名方、御旗本衆各參拜あられ候由なり、, 義は、惣廻りに堀在之、御本社へ參り候御門前に懸り候石の御橋の義は、只, 今以相殘り在之候、其外御宮附の護摩堂の義は、御宮御類燒の節も、燒殘り, 其御宮跡と申は、今程觀音堂へ參り候へは、左りの方に淡嶋大明神の社有, 日光の御宮出來、元和四年四月十七日、御遷座の御刻限に、淺草寺内の御宮, 之候邊より、竹藪の在之邊まての義は、皆以御宮跡の由申傳へ候、御宮所の, ノ廟ニ參詣ノ記事アリ、便宜左ニ合敍ス、, 日光の御宮御建立の義被相伺候節、江戸御宮の義も、内膳殿被申上、事濟候, ○英吉利甲比丹りちゃるどこっくすノ日記ニ、新築セラレタル家康, 我等は新築せられし大, 〔リチャルド・コックス日記〕(歐文材料第三號譯文), 和四年九月八日ニ當ル, ○新暦二十六日ニシテ、元, ○下, 略, 正遷宮, 元和四年四月十四日, 二七七

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  • 和四年九月八日ニ當ル
  • ○新暦二十六日ニシテ、元
  • ○下

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  • 正遷宮

  • 元和四年四月十四日

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  • 二七七

注記 (23)

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