『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.247

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仕候事、, と御災路こ被仰付可被下候、以上、, 候こ付、うち山をぬすみ仕候、則高柳村之もの共見つけ申候時は、なゝ, 之者共、入申たる義無是候所こ、此中儀儀彦衞殿兩村之御代官与被成, こてもろまこても取申候事、, 一林すゝき之嶺切こ、前代高柳村之うち山ニて、無其隱御座候間、熊倉村, の共は大勢、高柳之者は小人數こ候へは、さん〳〵こうちたゝれ迷惑, 一氏郷樣御代、又は秀行樣御代、尤御當代こも、彼うち山へ入申たる儀は, 參候間、其時高柳村之者共罷出、つらせましきと申候へは、熊倉村之し, 一去年三月十八日こ、右ノ嶺をふみ越、かり申ニ參候所を見つけ申候へ, は、則なたとろまを四丁取申候へは、其次ゟ人數として、山を面ふりと, 無御座候處こ、只々入相之由を申上候儀迷惑仕候、内々高柳ゟ御公儀, へ申上度存候處こ、熊倉ゟ非分儀申上候間、双方共こ被召出、前々〓く, 元和四年雜載, 高柳村, 二四七, 肝煎

  • 元和四年雜載
  • 高柳村

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  • 二四七
  • 肝煎

注記 (17)

  • 887,772,58,208仕候事、
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