『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.628

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病平癒ヲ祈ラシメ給フ、, ける魚にて、鮎の字を用ゆるはあやまり也、されども鮎をあゆとよむ事、千, に、東海道宿次をもく、江戸へ十たびの御進獻なり、鮎鮓は初夏のころの若, 書に、細鱗魚また年魚ともろき、異國の書どもに、香魚あるひは溪鰮などか, 長良川の年魚にて鮨を製りて、遠く公侯に送りし、是岐阜鮎鮓のはじめ也, れしのちは、御家より御獻上の定式となり、毎年中夏より中秋のすゑまで, といふ、元和のはしめより、將軍家に獻りそめ、源敬公此地御拜領あらせら, 鮎にてつくり獻せ給ふ、當町古屋敷に御鮨所といへるありて、河崎氏の人, 十七日、如權中納言阿野實顯ヲ石清水八幡宮ニ遣シ、御生母近衞氏ノ御, 年以往よりの傳習なれは、今遽にはあらためがたし、天正年中、國守土岐氏、, 代々その事をつろさとる、, 女御御不例ニ付、御勅使阿野中納言參向, 同五年五月十七日, 〔京都帝國大學所藏文書〕石清水八幡近州勅使參向之次第, 御太刀一腰、馬代三百疋, 下略, ○上, ヲ幕府ニ, 岐阜鮎鮨, 義利毎年, 獻ズ, 元和五年五月十七日, 六二八

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  • 下略
  • ○上

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  • ヲ幕府ニ
  • 岐阜鮎鮨
  • 義利毎年
  • 獻ズ

  • 元和五年五月十七日

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  • 六二八

注記 (23)

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