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七十二、雄山全威見性院と號す、葬地政宗におれし、, のとき、二月朔日、小石川の堀普請を助〓つとむへきむ年、奉書も〓仰下され、五月晦日鍬, 麻の刀佗助乃茶入を献す、閏十二月二十七日少將にすゝみ、二十九日仰によりて陸奧守, 〓たはる、十八日綱宗病あおにより、致仕せむことをこふといへとも、常に所行よろしか, 日また奏者番小笠原壹岐守忠知を下されす、その喪を弔らはせ〓まふ、三年封國るあお, はしめあり、六月二十六日普請乃場へ上使をて鮎鮨をたまひ、七月十五日また香需散を, らさる事まきれなめにより、逼塞をしめられ、かぼ領知相續の事はかさ〓て御沙汰あ〓, にあら壹む、二年正月二十五日小出越中守尹貞をして養母の病をとはせ〓まひ、二月六, へき乃む手仰出さお、寛文九年十二月九日若狹守にあら〓む、正徳元年六月四日卒す、年, 宗規藤松丸左兵衞, 家臣伊達薩摩國隆か養子、, て御沙汰ある〓しとの御む手なりしに、男子龜千代丸あるのよしを、家臣等言上せしか, 母〓宗良におなし、, 母〓宗良そおなし、, 家臣田手肥前高實の養子、, 母は山戸氏, 宗房卯之助肥前, 藤松丸左兵衞, て御沙汰ある〓しとの御む〓なりしに、男子龜千代丸あるのよしを、家臣等言上せしか, 附録, 五九九
割注
- 母〓宗良そおなし、
- 家臣田手肥前高實の養子、
- 母は山戸氏
- 宗房卯之助肥前
- 藤松丸左兵衞
- て御沙汰ある〓しとの御む〓なりしに、男子龜千代丸あるのよしを、家臣等言上せしか
表組
- 附録
柱
- 五九九
注記 (21)
- 1447,731,46,1211七十二、雄山全威見性院と號す、葬地政宗におれし、
- 1742,736,53,2119のとき、二月朔日、小石川の堀普請を助〓つとむへきむ年、奉書も〓仰下され、五月晦日鍬
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