『大日本史料』 12編 37 元和七年正月~同年六月 p.346

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をよひ將軍家に拜〓したてまつる、, 淨元元和七年十二月、十一歳にて、父の業をつき、, しるしあらす、淨珍是を療して、大に効を得、則平復す、爰にをひて、法印に敍す、の, 元和七年五月十五日に卒す、とし三十九、, ち大權現につかへたてまつり、大坂御陣に供奉す、續て台徳院殿につかへたてまつる、, 淨珍慶長十六年勅を蒙り、大典侍局の病を治す、此とき、諸醫これを療すといへとも、, 〔官醫家譜〕六吉田, 台徳院殿, リ、, の聽松院に葬る、妻は細川越中守家臣松井佐渡康之か女ト, ○寛政重修諸家譜吉田淨珍譜ニハ、法名淨珍、京師南禪寺, ○寛政重修諸家譜吉田淨元譜ニ, ハ、采地五百石ヲ知行すトアリ、, 淨元家ヲ嗣, 履歴, 家康ニ仕フ, グ, 元和七年五月十五日, 三四六

割注

  • の聽松院に葬る、妻は細川越中守家臣松井佐渡康之か女ト
  • ○寛政重修諸家譜吉田淨珍譜ニハ、法名淨珍、京師南禪寺
  • ○寛政重修諸家譜吉田淨元譜ニ
  • ハ、采地五百石ヲ知行すトアリ、

頭注

  • 淨元家ヲ嗣
  • 履歴
  • 家康ニ仕フ

  • 元和七年五月十五日

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  • 三四六

注記 (19)

  • 409,588,60,870をよひ將軍家に拜〓したてまつる、
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