『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.10

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

寺に臨幸ありしとき、御夢の兆により、楠と稱する者をたつねさせたまふ、, 中坊奏しけるは、河内國金剛山の邊に、楠正成といふ者ありと、こゝにをい, て、正成をめして軍將となされ、皇祚に復する事を得たまふ、その賞として、, 永珍これを領す、永家より永珍にいたるまて、系譜散佚して詳ならす、ゆへ, 本領柳生の庄を中坊にたまはる、すなはちうの地を、兄永珍に讓りしかは, その男家重より、柳生をもつて家號とすといふ、, に永珍より以來、略これを記すといへり、今の呈譜に、永珍は中坊を稱し、, 大名門弟子となりて、その法を習ふもの多し、そのゝち、靈陽院義昭、をよ, ひ織田右府より、書を贈りて招かるゝにより、右府につかへ、のち、右府、柴, 宗嚴三好長慶にしたかひ軍功あり、宗嚴新陰流の劒術に達し、當時の諸, -, }, -, 下、○本書ニハ、嚴勝、宗矩二人ノ外ヲ載セズ, 新左衞門、又右衞門、但馬守、從五位下、贈從四位, 嚴勝, むねのり, 宗矩, 新次郎, 永珍, 播磨守、, よしかつ, 美作守、, 〓よし, 中坊, 宗嚴ノ事, 宗嚴織田, 柳生ノ莊, 後〓醐天, 蹟, 皇ト中坊, ヲ賜ハル, 信長ニ仕, 永珍ノ弟, フ, 慶長十一年四月十九日, 一〇

割注

  • 下、○本書ニハ、嚴勝、宗矩二人ノ外ヲ載セズ
  • 新左衞門、又右衞門、但馬守、從五位下、贈從四位
  • 嚴勝
  • むねのり
  • 宗矩
  • 新次郎
  • 永珍
  • 播磨守、
  • よしかつ
  • 美作守、
  • 〓よし

頭注

  • 中坊
  • 宗嚴ノ事
  • 宗嚴織田
  • 柳生ノ莊
  • 後〓醐天
  • 皇ト中坊
  • ヲ賜ハル
  • 信長ニ仕
  • 永珍ノ弟

  • 慶長十一年四月十九日

ノンブル

  • 一〇

注記 (37)

  • 1807,649,62,2241寺に臨幸ありしとき、御夢の兆により、楠と稱する者をたつねさせたまふ、
  • 1690,655,63,2218中坊奏しけるは、河内國金剛山の邊に、楠正成といふ者ありと、こゝにをい
  • 1574,660,60,2236て、正成をめして軍將となされ、皇祚に復する事を得たまふ、その賞として、
  • 1340,660,61,2206永珍これを領す、永家より永珍にいたるまて、系譜散佚して詳ならす、ゆへ
  • 1455,656,63,2235本領柳生の庄を中坊にたまはる、すなはちうの地を、兄永珍に讓りしかは
  • 1107,662,60,1436その男家重より、柳生をもつて家號とすといふ、
  • 1221,659,64,2236に永珍より以來、略これを記すといへり、今の呈譜に、永珍は中坊を稱し、
  • 277,735,66,2148大名門弟子となりて、その法を習ふもの多し、そのゝち、靈陽院義昭、をよ
  • 159,752,69,2135ひ織田右府より、書を贈りて招かるゝにより、右府につかへ、のち、右府、柴
  • 394,665,65,2224宗嚴三好長慶にしたかひ軍功あり、宗嚴新陰流の劒術に達し、當時の諸
  • 527,627,194,23-
  • 529,616,198,21}
  • 762,624,77,32-
  • 496,812,47,1281下、○本書ニハ、嚴勝、宗矩二人ノ外ヲ載セズ
  • 540,800,47,1360新左衞門、又右衞門、但馬守、從五位下、贈從四位
  • 632,657,53,134嚴勝
  • 567,660,32,128むねのり
  • 511,662,56,127宗矩
  • 667,812,43,193新次郎
  • 988,655,56,128永珍
  • 1023,804,45,202播磨守、
  • 689,658,30,130よしかつ
  • 784,803,47,208美作守、
  • 1047,655,27,126〓よし
  • 1672,289,43,82中坊
  • 408,297,44,170宗嚴ノ事
  • 217,296,42,171宗嚴織田
  • 1359,293,46,170柳生ノ莊
  • 1480,288,44,173後〓醐天
  • 364,298,40,43
  • 1437,288,41,171皇ト中坊
  • 1321,297,37,157ヲ賜ハル
  • 172,295,41,174信長ニ仕
  • 1719,289,39,170永珍ノ弟
  • 135,300,31,35
  • 1923,724,45,425慶長十一年四月十九日
  • 1930,2473,40,64一〇

類似アイテム