『大日本史料』 12編 45 元和八年六月~同年七月 p.29

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事も不自由の御ありさまにて、光陰を送らせ給ふ、すでに時さりて、元和八年六月十九, 元和八壬戌年六月十九日、忠義公廿九歳ニ而逝去、雲晴院殿拾遺心叟賢凉居士ト號ス、, 斯て安房守忠義卿は、伯州へ流罪の身となりて、驕奢の御こゝろもひるがへり給ひ、何, 日、伯州にて逝去し給ふ、よつて御そう〳〵執行有、御白骨は高野山に納め、いはいは, 安房國菩提所なる延命寺に送る、法名雲性院前拾遺心叟賢凉居士と法號しける、まこと, に里見家九代繁昌も、いかなる事にや、當代忠義卿に至り、斯のごとく御改易になりし, 事は、是非もなき次第なり、然れ共、門葉諸家に散りて繁昌す、殊に安房一國は、里見, なから死去也、, 〔房總里見軍記〕, 御葬禮は伯耆國、御骨は高野山へ奉納、御位は牌は本織村延命寺ニ入奉る、天運とは申, 義康公、慶長八癸卯年十一月六日、五拾五歳こて逝去したまふ、忠義公家督を相續した, まふ。, 正木大膳謀叛之吏, 〕四義康公家督を忠義公相續之〓, 〓、里見軍, 下略, ○上, ○房總叢書第壹輯所收安房守忠義の事, 下略, ○上, 代軍之卷, 原題里見九, 三十, 安房國ノ民, 元和八年六月十九日, 一九

割注

  • 下略
  • ○上
  • ○房總叢書第壹輯所收安房守忠義の事
  • 代軍之卷
  • 原題里見九
  • 三十

頭注

  • 安房國ノ民

  • 元和八年六月十九日

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  • 一九

注記 (26)

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