『大日本史料』 12編 47 元和八年八月 p.182

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九月廿四日、一太田原備前殿ゟ御使、鮭壹尺給候、一備前殿へ御使之爲御禮參候へは、, 〔寛政重修諸家譜〕主〓, 大田原出羽守増清・大關土佐守高増、〓上ノ城番ヲ勤ム、, 間、市兵衞・清左衞門・彌左衞門所へ馳走致候樣ニと申遣候、, き、番をつとむ、, 〔東武實録〕, 國山形にいたり、御目付の事を勤む、, 〔寛政重修諸家譜〕比百二, 岡本義保宮内、元和八年、最上源五郎義俊が所領を收めらるゝのとき、出羽國最上に赴, き、仰をうけたまはりて、永井右近大夫直勝にそふて、出羽國山形に赴く、, 我等所へも御出候、, 寛政重修諸家譜〕, 庄田安照, 八年、最上源五郎義俊、封地を沒收せらるゝにより、仰をうけて出羽, 八年八月、最上源五郎義俊をよび本多上野正純封地沒收せらるゝのと, 千本義定, 元和八年八月二十一日, 九月ヨリ十, 月ニ至ル、, 卷之, 八, 左衞門〓, 外記、小, 五百五, 十五, 大和守, 又七郎、, 十四, 勝ニ副ヒテ, 山形ニ赴ク, 岡本義保, 上城番ヲ勤, 大田原増清, 千本義定直, 付ヲ勤ム, 大關高増最, 購入ヲ斡旋, 庄田安照目, ス, ム, 元和八年八月二十一日, 一八一

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  • 九月ヨリ十
  • 月ニ至ル、
  • 卷之
  • 左衞門〓
  • 外記、小
  • 五百五
  • 十五
  • 大和守
  • 又七郎、
  • 十四

頭注

  • 勝ニ副ヒテ
  • 山形ニ赴ク
  • 岡本義保
  • 上城番ヲ勤
  • 大田原増清
  • 千本義定直
  • 付ヲ勤ム
  • 大關高増最
  • 購入ヲ斡旋
  • 庄田安照目

  • 元和八年八月二十一日

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  • 一八一

注記 (42)

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