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九月廿四日、一太田原備前殿ゟ御使、鮭壹尺給候、一備前殿へ御使之爲御禮參候へは、, 〔寛政重修諸家譜〕主〓, 大田原出羽守増清・大關土佐守高増、〓上ノ城番ヲ勤ム、, 間、市兵衞・清左衞門・彌左衞門所へ馳走致候樣ニと申遣候、, き、番をつとむ、, 〔東武實録〕, 國山形にいたり、御目付の事を勤む、, 〔寛政重修諸家譜〕比百二, 岡本義保宮内、元和八年、最上源五郎義俊が所領を收めらるゝのとき、出羽國最上に赴, き、仰をうけたまはりて、永井右近大夫直勝にそふて、出羽國山形に赴く、, 我等所へも御出候、, 寛政重修諸家譜〕, 庄田安照, 八年、最上源五郎義俊、封地を沒收せらるゝにより、仰をうけて出羽, 八年八月、最上源五郎義俊をよび本多上野正純封地沒收せらるゝのと, 千本義定, 元和八年八月二十一日, 九月ヨリ十, 月ニ至ル、, 卷之, 八, 左衞門〓, 外記、小, 五百五, 十五, 大和守, 又七郎、, 十四, 勝ニ副ヒテ, 山形ニ赴ク, 岡本義保, 上城番ヲ勤, 大田原増清, 千本義定直, 付ヲ勤ム, 大關高増最, 購入ヲ斡旋, 庄田安照目, ス, ム, 元和八年八月二十一日, 一八一
割注
- 九月ヨリ十
- 月ニ至ル、
- 卷之
- 八
- 左衞門〓
- 外記、小
- 五百五
- 十五
- 大和守
- 又七郎、
- 十四
頭注
- 勝ニ副ヒテ
- 山形ニ赴ク
- 岡本義保
- 上城番ヲ勤
- 大田原増清
- 千本義定直
- 付ヲ勤ム
- 大關高増最
- 購入ヲ斡旋
- 庄田安照目
- ス
- ム
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- 元和八年八月二十一日
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- 一八一
注記 (42)
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