『大日本史料』 12編 48 元和八年八月~同年九月 p.261

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委細之樣子は伊兵少可被仰上候、猶奉期後音之時候、恐惶謹言、, 御好よく御座候ゆへ、見事ニ出來申候とて、たゝ今は尚以方〻より所望被申候、又此中, 申候事、中〳〵此まへかとのやうなる御事こては無御座候、其段過御推量申候、貴老樣, 可申候條、是非〳〵所望可申由、切〻被申候、何共返事二申かね候躰、可被成御察候、, 〔島津家文書〕, 於我等大慶存候、然者、兵少御上之刻は、, 罷成候、千萬申かね候へ共、御茶入又〻御上せ被成候而可被下候、爰元之衆ほしかられ, 江戸・駿府ゟ被罷上候衆被申候は、我等儀はさつまゟ被懸御目事候間、ちや入數多所持, 於駿府・江戸、御前之仕合無殘所之由、本佐州父子ゟ懇ニ被申越候、御滿足、奉察存候、, 下候、誠忝奉存候、乍去連〻所望之方わりなくとられ申候故、中〳〵我等所持仕候事不, かたつき貳つ送被, 當夏、伊兵少御上せ被成候、則本佐州・上州へ、我等ゟ案内者相添、東へ被罷下候處、, 九月廿四日, 以上、, 山口駿河守, 直友(花押), 九月廿四日直友(花押), 卷五, 慶長十七年七月四日ノ條ニ見ユ、, ○貞昌、駿府・江戸ニ使スルコト、, 〓弘公二, 御文書, ○史料編纂所所藏, 四十九〓, 直友義弘ニ, 茶器ヲ所望, ス, 元和八年九月二十七日, 二六一

割注

  • 慶長十七年七月四日ノ條ニ見ユ、
  • ○貞昌、駿府・江戸ニ使スルコト、
  • 〓弘公二
  • 御文書
  • ○史料編纂所所藏
  • 四十九〓

頭注

  • 直友義弘ニ
  • 茶器ヲ所望

  • 元和八年九月二十七日

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  • 二六一

注記 (29)

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