『大日本史料』 12編 58 元和八年雑載 p.381

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歩・瀧の下間歩・中使澤間歩・六十枚向間歩・間山古口水貫間歩・諏訪間歩・下り松, の瀬間歩・向山遊白間歩・鶴子御直山間歩・佐兵衞間歩・向山中尾間歩等なり、, 至り、樋數十四減せしにより、大に失費を省きしとなり、此大水貫の場所、至て堅石, 以上、, 一此節御直山十六ケ所ありて、金穿の大工壹人に米四斗宛、大工頭壹人に米八斗宛貸渡, を大水貫と唱へて、高壹丈五尺、横壹丈三尺にして、間數百九十間を切貫、割間歩へ, 六合なり、此内四拾七石三斗貳升壹合四勺は、山主原宗勇へ渡方帳面に見えたり、, 一割間歩水敷にて水替賃銀多く掛るに依て、味方但馬工夫し、水貫間切を切る、此場所, す事あり、手形裏判は鎭目市左衞門なり、右十六ケ所の御直山と云は、向山山の下間, 日向平間歩・關東横合畑貫間歩・大澤間歩・中山日向平間歩・岩崎間歩・大澤川上市, 〔大島家文書〕, 栗村長砂荒地之所、有馬玄蕃頭御代ニ桐村甚左衞門尉取立、新町被申付、市迄立候由, 一古屋平左衞門御代官所越後米、去酉年分今年佐州へ御廻米五千四百五拾六石壹斗九升, なりと云、, ○綾部市史, 史料編所收, 貸米, 佐渡へノ廻, 家士小川氏, 米高, 重丹波栗村, 山師味方家, 造ル, 重大水貫ヲ, 藏入地ヨリ, 新町ノ家數, 岡部長盛ノ, 越後ノ幕府, 金穿大工等, 増加ヲ圖ラ, シム, 元和八年雜載開リ・殖産, 三八一

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  • ○綾部市史
  • 史料編所收

頭注

  • 貸米
  • 佐渡へノ廻
  • 家士小川氏
  • 米高
  • 重丹波栗村
  • 山師味方家
  • 造ル
  • 重大水貫ヲ
  • 藏入地ヨリ
  • 新町ノ家數
  • 岡部長盛ノ
  • 越後ノ幕府
  • 金穿大工等
  • 増加ヲ圖ラ
  • シム

  • 元和八年雜載開リ・殖産

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  • 三八一

注記 (33)

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