『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.188

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

貳十六石三斗七升有、, 取よせためし見申候へは、ひとさをの内こて五十め程のちかいこ見へ候, 相替事無之由、, 之内にて、百目之ちろひ御座候と被申こ付、我等所へ鉛壹固、兩方之はかり, 致候、其上窪田にて御鉛請取候はろりと當山之はろり、ひとさを六貫目懸, へ共、窪田こ而被請取候鉛、ひとこほり十二貫五百目之由被申候をかけ見, 六貫貳百貳十目之間歩壹ツ、壹貫百目之間歩壹ツ出來、山よさそうに候由, 九日、院内ゟ銀山へ罷上候、十分一にて、福地治右衞門晝之振舞有、窪田ゟ鉛, 御ちやう米籾〓見申候得は、壹万五百四十三石九斗五升有、此米六千三百, 持被參候杉山彦市、松塚角右衞門被申分は、御鉛こ過分こかん立候て迷惑, 心申候、, 七月十一日、院内ゟ、去十日之日付こ而、菅谷隼人飛脚有、樣子は、四百枚平こ, 久五郎兵衞は昨日被參候、天氣よし、川井權兵衞阿仁金山ゟ被罷歸候、別而, 十一月五日、院内銀山へ可參由被仰付候間、窪田ゟ境迄參著仕候、大孫左同, 甲候へは、窪田ゟのはかりにては十二貫七百五十め御座候、是は二さをこ, ノ出來, 内銀山ヲ, 視察セシ, ヲシテ院, 秤ト院内, ニ新間歩, 義宣政景, 院内銀山, ノ秤トノ, 久保田ノ, 相違, 元和四年〓三月二十三日, 一八八

頭注

  • ノ出來
  • 内銀山ヲ
  • 視察セシ
  • ヲシテ院
  • 秤ト院内
  • ニ新間歩
  • 義宣政景
  • 院内銀山
  • ノ秤トノ
  • 久保田ノ
  • 相違

  • 元和四年〓三月二十三日

ノンブル

  • 一八八

注記 (28)

  • 1652,638,60,635貳十六石三斗七升有、
  • 389,646,61,2196取よせためし見申候へは、ひとさをの内こて五十め程のちかいこ見へ候
  • 1193,639,57,419相替事無之由、
  • 502,641,63,2198之内にて、百目之ちろひ御座候と被申こ付、我等所へ鉛壹固、兩方之はかり
  • 615,639,66,2205致候、其上窪田にて御鉛請取候はろりと當山之はろり、ひとさを六貫目懸
  • 272,656,65,2185へ共、窪田こ而被請取候鉛、ひとこほり十二貫五百目之由被申候をかけ見
  • 1423,642,62,2204六貫貳百貳十目之間歩壹ツ、壹貫百目之間歩壹ツ出來、山よさそうに候由
  • 846,638,64,2207九日、院内ゟ銀山へ罷上候、十分一にて、福地治右衞門晝之振舞有、窪田ゟ鉛
  • 1769,636,64,2200御ちやう米籾〓見申候得は、壹万五百四十三石九斗五升有、此米六千三百
  • 731,638,63,2204持被參候杉山彦市、松塚角右衞門被申分は、御鉛こ過分こかん立候て迷惑
  • 961,644,56,203心申候、
  • 1538,644,64,2185七月十一日、院内ゟ、去十日之日付こ而、菅谷隼人飛脚有、樣子は、四百枚平こ
  • 1308,640,65,2198久五郎兵衞は昨日被參候、天氣よし、川井權兵衞阿仁金山ゟ被罷歸候、別而
  • 1077,644,65,2196十一月五日、院内銀山へ可參由被仰付候間、窪田ゟ境迄參著仕候、大孫左同
  • 152,651,67,2180甲候へは、窪田ゟのはかりにては十二貫七百五十め御座候、是は二さをこ
  • 1509,288,40,119ノ出來
  • 1041,284,40,166内銀山ヲ
  • 997,283,39,164視察セシ
  • 1088,288,37,165ヲシテ院
  • 633,285,42,165秤ト院内
  • 1553,291,41,158ニ新間歩
  • 1129,281,43,172義宣政景
  • 1597,283,42,164院内銀山
  • 588,287,39,161ノ秤トノ
  • 679,286,39,162久保田ノ
  • 542,283,40,82相違
  • 1886,704,42,471元和四年〓三月二十三日
  • 1893,2399,37,105一八八

類似アイテム