『大日本史料』 12編 60 元和九年正月~同年二月 p.425

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謹言、, 分は、何とやらん、若狹之儀をは冊唱候田曲候、其元之而は御沙汰も無御坐候哉、御米, 宇田野源兵衞、爰〓迄參卦臼候、越前之儀相濟之付而、人數不入候而返し候、先度も如曲, と、昨日之書状n寝上候へ共、只今申刻、越前之三國之藤藏と中船頭參音寝候、彼者毋, 下、無殘京都迄參候を見中候て、能下たる田卅候、越前むつかしく候はゝ、下坦儀有〓, 舟をは能登・加賀邊相著、越前之儀承凹次第之、敦賀へは參候へと可坦付候、右之藤藏, 梅津半仁衞門尉, は越前之ものュ御坐候、骭相殿リ後へ御下、御落居候て、荷物又御供衆ノ女房・子共以, ましく候へ共、御閑居こ相濟、心安田能下たると申候田候、長三郎なと能上候事、路次は, かり見申候て、可能歸候哉と奉存候、但、さやうにても仕、御靜〓念願之御坐候、恐々, 追而申上候、敦賀へ之御米舟、越前之儀承屆不申以前は、わかさへ舟をつけ中候やうに, 小場小傳次殿, 〔天英公御〓寫〓, 花甲同前, 五月七日, (元和九年〓, 五月七日花甲同前, ○梅津本, 上, 船〓秋田, 到リ邑直ノ, 越〓三國ヘ, 己直敦如ヲ, 出立ス, 樣子ヲ報ズ, 〓和九年二月十日, 四二五

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  • ○梅津本

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  • 船〓秋田
  • 到リ邑直ノ
  • 越〓三國ヘ
  • 己直敦如ヲ
  • 出立ス
  • 樣子ヲ報ズ

  • 〓和九年二月十日

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  • 四二五

注記 (27)

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