『大日本史料』 12編 60 元和九年正月~同年二月 p.415

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〔天英公御書寫〓, 早々可遣候、先立も如曲遣、跡りみなのほり候者とも、五月中旬ユ何とそ江戸迄相執音候, 遣候而さし置、越前之儀相濟候を聞候て、敦賀へ來候樣こ可申付候、加賀之内まては, 迄御法度にて、御觸ユ候、あまり此中さうり取なといだつの體、みな〳〵引込候而, 越前敦賀へ兵粮遣し候事、敦賀まてつかはし候事は、先々無用にて候、加賀之内まて, よきnて候、於其元之は、侍をさへ絹布は法度之候へ共、しせんふるのつむきの類, 匠なと壹人ものほせましく候、, を者候事可有之候間、無用之田觸を可仕候、惣別小者・中間にあさ・もめんの外き, 但、大坂町奉行衆之御理こて、, 匠返し候間、申遣候、, 廻船運賃、舟三艘之賃n渡〓、是は、越前千相殿翻吋後へ御下り之御用1渡申候舟也, 尚〳〵、中間・さうり取は、あさ・もめん計者候樣にと、爰元惣別御籏本り何に所, 此度かち走なみにて、窪田よりのほり候者之内へ〓, せ不申候樣之、被仰付候、以上、, 五十八匁七測帆一艘, ○佐竹義宣、, 江巨二アリ, ○梅津本, 上, (久保田、出羽秋田郡, 兵移送ハ, 宣敦賀へノ, 城主佐竹毒, 出平久保田, 越前落著〓, 待樣二命, ズ, 〓和九年二月十日, 四一五

割注

  • ○佐竹義宣、
  • 江巨二アリ
  • ○梅津本
  • (久保田、出羽秋田郡

頭注

  • 兵移送ハ
  • 宣敦賀へノ
  • 城主佐竹毒
  • 出平久保田
  • 越前落著〓
  • 待樣二命

  • 〓和九年二月十日

ノンブル

  • 四一五

注記 (29)

  • 784,335,38,260〔天英公御書寫〓
  • 158,368,31,1120早々可遣候、先立も如曲遣、跡りみなのほり候者とも、五月中旬ユ何とそ江戸迄相執音候
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