『大日本史料』 2編 6 寛弘4年12月~8年6月 p.655

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

御かへし、, へと申させ給へは、みこしのかたひらより、あか色のあふきのつまをさし, ひにいつるあふひの影を見てしより年つみけるもうれしかりけり, いてさせ給へりけり、殿をはしめ奉りて、なを心はせめてたくおはする院, さにふたところなからすゑたてまつらせ給ふて、この宮たち見奉らせ給, なりや、かゝるしるしをみせ給はすは、いかてかは見奉らせ給ふらんとも、, しらましとこそ感し奉らせ給ひけれ、院より大宮にきこえさせ給へる、, もろかつらふたはなからに君にかくあふ日や神のしるし成らん, けにかもの明神なとの、うけ奉りたまへれはこそは、二代まてうちつゝき, 二十五日, 申しに, とき、まつり見せ奉らせ給し、御さしきのまへすきさせ給ふほと、殿の御ひ, さかへさせ給ふらめな、このこといとおかしうせさせ給へりとよのひと, 〔御堂關白記〕四月廿五日、甲戌, 〓敦良親王、權中納言藤原頼通ノ第二移リ給フ, 大鏡, 此當代や東宮なとの、また宮たちにておはしましゝ, ○中略、賀茂祭ノコトニカヽ, ル、本月二十四日ノ條ニ收ム、, 右大臣師輔, ○下, 略, 戌, 甲, 中, 戌ヰ, 敦良兩親, 王ヲ抱キ, テ見セ奉, 道長敦成, ル, 寛弘七年四月二十五日, 六五五

割注

  • ○中略、賀茂祭ノコトニカヽ
  • ル、本月二十四日ノ條ニ收ム、
  • 右大臣師輔
  • ○下
  • 戌ヰ

頭注

  • 敦良兩親
  • 王ヲ抱キ
  • テ見セ奉
  • 道長敦成

  • 寛弘七年四月二十五日

ノンブル

  • 六五五

注記 (33)

  • 990,658,55,284御かへし、
  • 1593,673,59,2205へと申させ給へは、みこしのかたひらより、あか色のあふきのつまをさし
  • 1115,735,57,1931ひにいつるあふひの影を見てしより年つみけるもうれしかりけり
  • 1477,666,61,2216いてさせ給へりけり、殿をはしめ奉りて、なを心はせめてたくおはする院
  • 1710,657,61,2227さにふたところなからすゑたてまつらせ給ふて、この宮たち見奉らせ給
  • 1362,661,61,2236なりや、かゝるしるしをみせ給はすは、いかてかは見奉らせ給ふらんとも、
  • 1238,665,60,2167しらましとこそ感し奉らせ給ひけれ、院より大宮にきこえさせ給へる、
  • 876,736,57,1927もろかつらふたはなからに君にかくあふ日や神のしるし成らん
  • 759,665,59,2220けにかもの明神なとの、うけ奉りたまへれはこそは、二代まてうちつゝき
  • 402,580,70,300二十五日
  • 529,662,46,202申しに
  • 1824,658,61,2222とき、まつり見せ奉らせ給し、御さしきのまへすきさせ給ふほと、殿の御ひ
  • 642,664,59,2219さかへさせ給ふらめな、このこといとおかしうせさせ給へりとよのひと
  • 267,613,99,979〔御堂關白記〕四月廿五日、甲戌
  • 397,929,78,1492〓敦良親王、權中納言藤原頼通ノ第二移リ給フ
  • 1926,631,87,180大鏡
  • 1945,1312,58,1563此當代や東宮なとの、また宮たちにておはしましゝ
  • 318,1604,42,836○中略、賀茂祭ノコトニカヽ
  • 273,1609,44,851ル、本月二十四日ノ條ニ收ム、
  • 1927,880,42,331右大臣師輔
  • 554,886,41,113○下
  • 508,888,40,37
  • 392,898,42,43
  • 437,890,38,49
  • 1972,883,37,38
  • 397,896,70,40戌ヰ
  • 1949,297,42,171敦良兩親
  • 1905,298,41,166王ヲ抱キ
  • 1860,301,42,168テ見セ奉
  • 1993,296,43,170道長敦成
  • 1819,303,30,29
  • 185,736,43,432寛弘七年四月二十五日
  • 186,2475,44,122六五五

類似アイテム