『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.304

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更有年ニ致度候、御掛りこては、別な御心配と推察致候、拙老兼〻先見上書建白致候通り、, 此度は琉球も六ケ敷と被察候、一寸逃れニ御内〻福建等にて交易爲御濟ニも相成候はゝ、, ニ相成候ま、尤大名の義、順番ニ被仰付候はゝ、痛ち同人のみ出候とは相違可致候へ共、總, 時々被下物有之候はゝ、船ヲは度〻寄可申、其時〻人數を出し候はゝ、大名は勝手も痛み、, 國〻抔は、豐作之所も可有之候得共、平均候はゝ、中ニは至り申間敷、内川運送の國〻は、, ニ被下候樣、傳聞致候へ共、米は百俵か千俵位も被下候義、鷄薪とても右ニ順可申、先ツは, 又如何樣の御答ニ相成候哉、不苦候はゝ、相伺申度候、世上風説にては、米穀鷄薪水等莫大, 別な不作候半と心配致候、殊ニ水害なと可有之哉と被察候、異船等之義も、承及候へは、尚, 候、且又浦賀之儀も被下物等有之候へは、來年は勿論、當年中ニも、又〻來候半も難斗、其, 初は千人出候者は五百人三百人と申如く、段〻ニ減し、萬一事有之節去、如何ニモ御手薄, いたみに相成、夷狄は船ヲ寄候へは、盆ニ相成のみこて、乍憚御無術ろと奉存候、日夜寢食, 少〻の内は穩の樣ニ見へ可申候得共、又〻八丈・對馬等之島〻へ手を出し候儀、無疑被存, を忘レ、御爲を存上候身ニるは、心配不啻候、此度浦賀へ寄候舟よりは、如何の願申立候哉、, 水斗の多事と被察候、前文巷説程ニは有之間敷とも存候、乍然少〻たりとも船を寄セ候度, 不存候、出穗ニ至り候はゝ、存之外と察申候、尤一小島とは乍申、日本も廣き事故、南西, ノ内容ヲ承, 兩方面ニ手, 異國船應接, 八丈島對馬, ヲ伸スベシ, リタシ, 弘化三年七月八日, 三〇四

頭注

  • ノ内容ヲ承
  • 兩方面ニ手
  • 異國船應接
  • 八丈島對馬
  • ヲ伸スベシ
  • リタシ

  • 弘化三年七月八日

ノンブル

  • 三〇四

注記 (23)

  • 1497,675,61,2233更有年ニ致度候、御掛りこては、別な御心配と推察致候、拙老兼〻先見上書建白致候通り、
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