『大日本維新史料 編年之部』 1編 2 弘化3年6月~同年9月 p.648

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不申候間、宜敷申上呉候樣との由、, し御勸御承引無之節は、如何ニ御座候哉と、平印伊東へ承り候得は、其節は姉之小路との, 苦勞ニは相成申間敷、大〓は三保山殿し御勸ニて、御承知被遊候樣奉存候よ申候由、右し, 右〻積りニる御書取被成候樣ニ奉存候とのよし、伊藤も直樣歸宅ニな閉籠り、右天狗し辨, は却る御國み天狗ニ成り替り、乍不及目し黒き中は此度し一件仕遂不申候なは、決な止み, 御禮御出し節は、御土産物等無之なは不相成とて、伊藤・坂相談み上、可然品物取整へ、指, 解等晝夜推懸り、必至し筆力を振ひ、認取り可指上との趣ニ御座候、右三保山殿、礫邸へ爲, 天狗をは身洗致し、當世へ當て込、出世ニるも遊はし候樣、高橋樣へ得ト申上候樣、此方, 案外御程合宜敷相調、何レも安堵み樣子ニ有之候、右以前萬一御守殿樣こな、三保山殿, 等有之候なは不相成、何ニ致セ、大事は苦ニ苦し謀を致候す專要ニな有之間、御國許ニ去, 上可申積み由、扠右御守殿樣ゟ御願立し義、醫生は勿論、奧向等ニなも如何と難し候所、, ゟ申上、それとるも御不得意ニ御座候節は、お定樣ゟ御吹聽よ、三段に手段を設ケ居候故、, 丈三通ニ書取り、手元迄御指出被下候樣御頼申上候、併シ右し書付は御守殿へ〓り候間、, 釣合ニ付、矢張御守殿樣し御徳化ニ服シ、御國許ニないやろ上こも靜論致し、決る微行, 一御守殿樣こな、高橋は天狗之と被仰候得は、高橋ゟ奧向へ手を〓シ候と申事、定な, 靜謐ニスベ, 天狗黨ハ身, 國許ニテハ, 洗スベシ, シ, 弘化三年九月二日, 六四八

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  • 靜謐ニスベ
  • 天狗黨ハ身
  • 國許ニテハ
  • 洗スベシ

  • 弘化三年九月二日

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  • 六四八

注記 (22)

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  • 1097,680,73,2230し御勸御承引無之節は、如何ニ御座候哉と、平印伊東へ承り候得は、其節は姉之小路との
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