『大日本維新史料 編年之部』 1編 4 弘化4年2月~同年3月 p.749

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候一兩日前ニ漸觸示など致し候へとも、人氣に障らぬ樣になど申す考故か、, ひ合ひ候樣ニ致し、諸向こて相用ひ、又町家へも下け遣し候にて、町方の融通とも相成候, 繩總出し候樣申付、取出し候所、果して諸方し差支ニ及ひ候はんと申處ニて候故、互ニ奪, 山善光寺其外領内にても、地震し節、失火こて多分み米穀燒失いたし候間、其上川中島し, ひキ、犀川上、山拔の場所も、小生ニは必す拔出て可申と存し候故、其義を〓〻申立て、飯, 穀物流失致し候ては、上下ひしと差支可申候へは、此節の急務穀物を高燥の地ニ移し候ゟ, 小屋をしつらひ候にも、繩は夥しく入用候へく、此品乏しく候ては必す諸方差支可申と存, しく候、初め地震し砌、小生は不快ニて引籠罷在候か、城下は勿論、近在とも潰屋多く假ニ, を相勤め候老人、只今桐山と申候が、小生なとの年少し節の文辭し師ニて御座候、是を語, らひ候て移穀の策を進めさせ候所、寡君ニも漸尤もニ被思候よしにて、其議を下され候所、, し候ニ付、只今小生の專ら管轄仕候村方は、幸ニ地震し變も薄く候ニ就キ、急ニ二百駄の, 破り候て洪水ニ成り候程の事は有ましき事と存居候樣子故、彌たまりか金候て、以前家老, 郡奉行等ニは尚人氣に差障り候ぬ樣こと申考御座候趣こて、其評議も因循仕り、水の拔出, 大いなるは有間敷と、家老へも、郡奉行へも、精〻申候へとも、此輩は多分し拔崩ニ付、押, 此變ニ付、小生し足を伸へ候樣の義は無之發との御芳問ニ御座候か、此義ハ決て有御座ま, 愚意二ハ怖るま, しきを恐れ候こ, 弘化四年三月二十四日, 七四九

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  • 愚意二ハ怖るま
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  • 弘化四年三月二十四日

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  • 七四九

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