『大日本維新史料 編年之部』 1編 6 弘化4年6月~同年8月10日 p.378

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出候書付は、御目附方へ相〓り候すし趣、遠山用人口氣ニ見へ申候、依な掛り出來候事な, 有之云〻、御達ニ相成申候、愈天狗の仕業之、此樣ニ天の申事通り候ては、迚も六ケ敷とて、, 品ニ御坐候所、鈴木健次郎掛り被仰付、跡一人し健次郎へ撰御懸ニ罷成候へは、喜多野省, 吾と申者、是は麻布まみ穴ニ居申候、僞名牛抱と申候な、辰年此かた掛りに罷成候男にて、, 候はゝ聞申度、尤流浪致候天狗らり聞候てむは、申立と不相成候間、只今動居候士林より承, 表え差下し申候間、其節し私共らり御内〻申上候、尚更先方へ參候御方の御名前も相伺可, 持込、探り申候へし、廿二日阿閣らり士民のもの御日柄も立候へは、何との御扱振も可被, 旨申候處、當こも不相成候と存、日下を呼、監察〻方を探り申候所、此節鈴木健次郎掛り被, 色を失ひ申候由、依〓讃州らるり書取を以、云〻の譯申出候趣なり、追〻探候所、讃州にり指, 申候云〻、此度小石川ニて何發役人共騷かしく候處、内〻加治左馬之介なり内藤藤一郎へ, 水君も罷下り申候人ニ御坐候、大抵右兩人ニて相分り可申候へとも、事ニ寄候へし、御國, らん、右の騷の所へ、仲町獄屋の圖面遠山迄平三郎持參す、其節申樣ニ、暴政み儀は無相違, 仰付候由申候間、稻富より遠山の用人を呼、内〻探り申候へし、御咄申上候儀ニも無御坐, り申度云〻、依な板橋源介事御祐筆相勤、國の事も委細承知致候間、是にり申上〓しと申上, 候へ去、夫レハミつ竟なりと被申、近日御出ニ相成候筈ニ御坐候、本郷用人曰ニ、中山と云, 吟味掛設置, 弘化四年六月是月, 三七八

頭注

  • 吟味掛設置

  • 弘化四年六月是月

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  • 三七八

注記 (18)

  • 664,662,75,2230出候書付は、御目附方へ相〓り候すし趣、遠山用人口氣ニ見へ申候、依な掛り出來候事な
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