『大日本維新史料 編年之部』 2編 2 安政1年1月21日~同年1月晦日 p.593

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時急御供觸こて御登城あり、, 今晝後、御城付久世十太夫ゟ御用人迄申來候由ニる、, 一統ゟ之論、皆交易論なりと云、, か態々なせしか、其書を福山へ呈せし由、福山こて何之心なく披見せらきしかは、右之, 曾て井伊ゟ呈書を認め、御直御覽ニ入候樣、本郷丹後へ託し候得は、本郷もとほけたる, 論故、老公之御耳こ達せどる内、取扱候由、此義と此度之溜間一同之論云々合考すき, 之御跡へ松平參河守殿を居へ候密議あり、藤堂抔其應援となり、内藤駿河守其謀主こて、, 此日、溜り詰諸大名へも急登城被仰付候由、老公之御退出は夜四ツ七分なり、溜り詰, ハ、容易ならざとる事なりき、, 可議事あらは、各之内こて參られ候樣ことの御答なり、然と又々閣老ゟ申上候ニ付、八ツ, 正月廿八日、寒風烈し、, 溜り詰にて、井伊家殊之外邪論、老公と福山侯を退け、自分大老之職こすはり、扨老公, 直こ入御聽、左之通、, 今日式日ニ付、老公御登城なし、, 原田成徳日記〕, 御用人ゟ入御聽候樣指出候間、, }, ○公爵徳川, 圀順所藏本, 藩士, 水戸, 老人, 當番, 交易論ヲ主, 溜詰急登城, 張ス, 井伊家殊ニ, 邪論, ノ件, 齊昭急登城, 安政元年正月二十八日, 五九三

割注

  • ○公爵徳川
  • 圀順所藏本
  • 藩士
  • 水戸
  • 老人
  • 當番

頭注

  • 交易論ヲ主
  • 溜詰急登城
  • 張ス
  • 井伊家殊ニ
  • 邪論
  • ノ件
  • 齊昭急登城

  • 安政元年正月二十八日

ノンブル

  • 五九三

注記 (32)

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