『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.488

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遊候方、御よろしくと奉存候、, 〔徳川齊昭直書〕, 座候よし、爲心得と申遣候、右樣之時勢ニ御座候間、おしき御事には候へ共、何分御用心被, ば、まして夷狄抔之事、申遣候事も無之、當春中も我等が上書之由にて、長々しく認候のを、, 條殿下へは、是迄年頭〓寒にさへ、一度も文通致候事も無之、先方之樣子も一向不存候へ, 外より見せくれ候處、書法等行屆候樣には見え候へども、誰認候にや、只々一覽一笑致候, 迄也、定ふ右之外にも、我等の名をかり認候も、可有之候、先年海防策とか申書、我等認候, 我等より夷狄之義ニ付、九條殿下へ上書之由にて、外々より見付爲見候義、一覽致候處、九, ○水戸藩史料ニ、「是の歳二月安島信立の呈書に嫌疑の一斑を考ふべきものあり、其の略に曰く」トシテ本書ヲ收ム。, ○二月徳川齊昭へ, 由こな、水戸より承候者も候へども、右は如何樣之事認候哉、見も不致候、其外詩歌抔にも、, ○藩士尼子津衞門宛, 〔安島彌次郎上申書〕, 今朝任藏より申越候處、御家並ニ越前・薩州より、京師をツゝくと申説、幕有司中之説ニ御, 二月十四日安彌, 安彌ヘ, 二月十四日, ○水戸藩, 史料所〓, ○水戸藩, 史料所載, ○下, 略、, 上書ト稱ス, ル僞書ニ就, 條關白ヘノ, 齊昭ヨリ九, 水越薩京都, 入説ノ嫌疑, テ, 四八八

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  • ○水戸藩
  • 史料所〓
  • 史料所載
  • ○下
  • 略、

頭注

  • 上書ト稱ス
  • ル僞書ニ就
  • 條關白ヘノ
  • 齊昭ヨリ九
  • 水越薩京都
  • 入説ノ嫌疑

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  • 四八八

注記 (31)

  • 1282,633,59,731遊候方、御よろしくと奉存候、
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