『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.138

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候趣ニ御坐候、已上、, しこ相成御秘書共之内、風説書拔萃如左、但、朱書は老公之御注釋之、, 哉、尾張殿・田安殿立場といひ年比といひ、右こる天下を指揮せられて可然、又御家門, こたも、越前守抔賢君之、是等可然御事之、若年の刑部卿抔、如何して此危き天下を治, 一、此節尾張樣御本丸へ御入込御相談、御政事向可被遊と申事〓ニ御沙汰、十五日には、, 候事出來可申哉、萬々一こも亂し候ては、天朝及ひ日光山へ之御申譯も相成間敷、, 何か, 平和之時にも候はゝ格別、ケ樣危く相成たる天下を、刑部卿殿手際ニ治候事可相成, 可申との事、此節要路之者ゟ承り申候由、「右壹通、午二月廿八日寫處、無名月日なし、, 竹腰兵部少輔尾張ゟ歸府ニ候御目見之由、多分何歟相發可申候、西丸一ツ橋樣彌相究り, 當人は勿論、於我等も不相濟事なれとも、道路の取留も無之説を以、公邊へ申義も相, 一、此日、御兼約にて大和守殿へ御出あり、其節御借用ありし、水府老公ゟ大和守殿へ御廻, 叡慮樣の事か、又は尾州殿存意を咄候事歟、, 竹腰義出府之節こ、途中こる、竹腰ニ逢度由こる、二時計咄合候由沙汰有之處、若々, 御所ゟ尾州殿へ、御内々何とか有, 侯ヲ訪フ, 得ズ, 慶永松平直, 若年ノ慶喜, 風説書拔萃, 天下ヲ治メ, 安政五年三月八日, 一三八

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  • 侯ヲ訪フ
  • 得ズ
  • 慶永松平直
  • 若年ノ慶喜
  • 風説書拔萃
  • 天下ヲ治メ

  • 安政五年三月八日

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  • 一三八

注記 (23)

  • 1878,703,56,501候趣ニ御坐候、已上、
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