『大日本維新史料 編年之部』 3編 3 安政5年3月1日~同月20日 p.158

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事に候はゝ格別ニ候へ共、永キ御代いつも〳〵明將軍、明閣老と申計は安心不致、又, 常々, 別る之事ニ候へは、家柄名家等は夫々に被成、, 致、万々一こも、永キ中こ名將軍并名閣老等無之節、外樣等ゟ色々樣々京師へ惡智, 公家の方とても、只今の如く勘弁も有之、天下の御爲厚く存候人計有之義も安心不, 惠付候事も有之候はゝ如何いたし候者か、徳川の天下の御爲を奉存候ては懸念いた, 下へ拘り候此度の樣なる事は格別、他は是迄之通こても可相濟哉と奉存候、御所こて, 、公武被仰合候云々、是亦正論ニ御坐候得共、關東にいつも〳〵明將軍のみ被爲在候, 爲在候樣仕度、京師の御備も御手厚く被遊度、常々之御義も御不自由無之樣被成, し候、畢竟は此度の樣なる天下の大事を此方切こて御決斷ニ相成、其上こて京師へ, 進、扨又金銀吹かへ以來は、諸大名とても諸色引上り難儀致し候へ共、小祿之公家は, は相成兼候半と被存候、, は御屆而已と申樣ニ相成候へはケ樣之論も出候半、公武の御間か常ニ御親しく被, 御所と御懇に被遊、御所こても御悦ひ、公家こても難有樣御仕向ニ相成候はゝ、天, も公邊こても、後宮の引張之方は、兎角得ニ有之候、後宮ニ手つる無之時は指支申候、, 依ては、初候には止候元をよく〳〵見極候上ならては、御初ニ, 元和頃ゟ見候へハ、諸色引上り候へハ、元, 策は直ニ相響候故、五畿内云, 和頃の思召ニば大ニ相違いたし候半、, 々之事も出候半と存候事、, 公武談合ノ, コト, 安政五年三月八日, 一五八

割注

  • 元和頃ゟ見候へハ、諸色引上り候へハ、元
  • 策は直ニ相響候故、五畿内云
  • 和頃の思召ニば大ニ相違いたし候半、
  • 々之事も出候半と存候事、

頭注

  • 公武談合ノ
  • コト

  • 安政五年三月八日

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  • 一五八

注記 (24)

  • 1527,785,63,2115事に候はゝ格別ニ候へ共、永キ御代いつも〳〵明將軍、明閣老と申計は安心不致、又
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