『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.554

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

又御別紙ニ、, は何分安心不仕候、此段早々御火中〳〵、, 仰遣し處筑州ゟ之御請如左、, ひニ候へは、中々右樣の者こては參り兼候へは、拙家ゟ出候者こて、萬々一こも此天下, 當地へ不差下、傳・議奏へ被申談、御都合能被仰出こも相成候樣被取計候内存こた、一應, 一、勅答之儀は、於彼地彌被仰出候ニ相違無之、全く櫻閣いかにも御不都合之事故、表向, 之間敷被存候、かゝる危き天下を拙者の者抔を御周旋は無之樣仕度候、一抔之不才こて, 成候樣致度候、尾は何を申も三の長、紀・田は當時御血筋近く候へは、本・西のもめも有, 一、此日、岩瀬肥州歸東之風説も有之こ付、實否且其子細探索の義、水筑州へ御直書こて被, を失ひ候樣こては、拙先祖へ對し候ても不相濟候へは、尾とか紀とか、又は田安かに被, 伊賀か久世へ成、御咄之義は是非御咄被成候樣にと申こは無之、心付故認候迄故、貴, 一之儀ニ付ても御周旋之趣、辱は存候へとも本文こも認候通り、徳川の天下有無之さか, 早川庄次郎今朝出立仕候由、是は御老中方ゟ之御使にて、直ニ歸府之趣申聞候、, は被申述候哉こ相連無御坐、一昨日御目通之節、蒙仰候趣こあは、未於彼地も、表向之被, 兄次第之事、, ○中, 略, 迷惑, 慶喜ノタメ, 周旋ハ却テ, 岩瀬忠震歸, 府ノコト, 安政五年四月三日, 五五四

割注

  • ○中

頭注

  • 迷惑
  • 慶喜ノタメ
  • 周旋ハ却テ
  • 岩瀬忠震歸
  • 府ノコト

  • 安政五年四月三日

ノンブル

  • 五五四

注記 (24)

  • 1637,672,56,298又御別紙ニ、
  • 936,737,60,1005は何分安心不仕候、此段早々御火中〳〵、
  • 705,667,58,725仰遣し處筑州ゟ之御請如左、
  • 1401,728,61,2160ひニ候へは、中々右樣の者こては參り兼候へは、拙家ゟ出候者こて、萬々一こも此天下
  • 354,723,62,2166當地へ不差下、傳・議奏へ被申談、御都合能被仰出こも相成候樣被取計候内存こた、一應
  • 469,734,64,2156一、勅答之儀は、於彼地彌被仰出候ニ相違無之、全く櫻閣いかにも御不都合之事故、表向
  • 1052,728,60,2158之間敷被存候、かゝる危き天下を拙者の者抔を御周旋は無之樣仕度候、一抔之不才こて
  • 1169,722,61,2165成候樣致度候、尾は何を申も三の長、紀・田は當時御血筋近く候へは、本・西のもめも有
  • 818,680,64,2209一、此日、岩瀬肥州歸東之風説も有之こ付、實否且其子細探索の義、水筑州へ御直書こて被
  • 1286,727,60,2162を失ひ候樣こては、拙先祖へ對し候ても不相濟候へは、尾とか紀とか、又は田安かに被
  • 1867,783,60,2100伊賀か久世へ成、御咄之義は是非御咄被成候樣にと申こは無之、心付故認候迄故、貴
  • 1517,733,62,2152一之儀ニ付ても御周旋之趣、辱は存候へとも本文こも認候通り、徳川の天下有無之さか
  • 587,796,63,1977早川庄次郎今朝出立仕候由、是は御老中方ゟ之御使にて、直ニ歸府之趣申聞候、
  • 237,740,62,2150は被申述候哉こ相連無御坐、一昨日御目通之節、蒙仰候趣こあは、未於彼地も、表向之被
  • 1751,786,59,303兄次第之事、
  • 623,724,39,75○中
  • 578,720,39,44
  • 1467,299,43,81迷惑
  • 1571,302,40,207慶喜ノタメ
  • 1520,299,40,208周旋ハ却テ
  • 841,295,42,216岩瀬忠震歸
  • 792,296,37,164府ノコト
  • 1985,764,43,346安政五年四月三日
  • 1985,2405,42,120五五四

類似アイテム