『大日本維新史料 編年之部』 3編 4 安政5年3月21日~同年4月9日 p.813

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キより被附込候て、隨意を唱候哉に愚考仕候へは、, 出仕刻限迄之來人、何分不得暇登城之處、岩肥へ面會仕候故、只過日土州へ初る面話の, 取計被爲在候上、亞人へも力を盡し弁論之上、彌其一段こよりて戰とも可相成事情ニ及, は、最早入御聞候こは不及候得共、愚見大意左ニ尊家限へ奉入御聞置候、土州之論と相, 儀雜談仕候處、昨日同人同家へ被招候な、右一條は既こ直話有之由こる、先方ゟ申出有, 候はゝ格別、左も無之、關東に於て豫め見切を附、只亞人之意に御隨之如く罷成候なは、, 之、感服之趣こ御坐候へは、最早議論ニ不及、三條公之一條等も粗及談置申候、然ル上, 皇朝當今之事勢によりて必死を盡し論弁候はゝ、只此約書決定之期日を延候迄之義、不, 得失如何可有之哉、故に土侯之論は、事情不得已ニ至候節之祕策歟と奉存候、此節〓私, ゟ發言を憚候事候へ共、應接之面々、兎角彼ニ泥ミ候意味無之とも難申、必竟覺悟之薄, 成候へは、關東之御威光は十二分にも過候と可申、, 叡慮候方ニ御英斷可然事には候得とも、勅答之趣も有之候上は、何れにも其趣を以御, 皇朝之御威光を増候事故、何れにも被安, 愚見も發し旁延引再三熟考之處、何レこも一應入御聞候上と、今朝可奉入御聞存候處、, 皇朝ゟ被命置候將軍家之御威光相輝き候は、則, 安政五年四月九日, 勅答ヲ奉體, スベシ, 岩瀬ニ面會, 延期スベシ, 條約決定ヲ, ス, 安政五年四月九日, 八一三

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  • 勅答ヲ奉體
  • スベシ
  • 岩瀬ニ面會
  • 延期スベシ
  • 條約決定ヲ

  • 安政五年四月九日

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  • 八一三

注記 (24)

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