『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.446

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んとは心得難しと難し給ふに、兵部、仰一々心根に徹し候へと、幾度歟極諫に及ひ候あも, 不都合の御次第にては、諸侯の動靜にも〓りて、遂ニ被對, の御爲、天朝の御爲、次ては其許の爲にさへもなるましき事なるを、天命に歸して、甘ん, 天朝、幕府の御越度ともなるへき事の已に近きに迫りたれは、心を決して取計らはれんこ, 此如久敷御辟論となりたるを挽回せすしては、尾張殿の御家の爲、將御身の爲、又幕府, いへる事もあるものを、なとおめ〳〵として因循に安んせらるゝや、今日は備中殿も歸府, 策の有無は先つ措て、指當り尾公の御身上に事ありたらん時、各の職分にて爲ん方なかり, 忍ひて今日迄存命て候なり、僕か精神は此上の事は候はす、あはれ御施策も候はゝ夫に縋, り奉りて、折檻の誠を盡し見申へきものをと申上る、公、寡人に何か策あるへき、足下も, の由なれは、程なく勅答之儀も披露ありて諸大名の意見も御尋あるへきなり、其節抔御, して余所に見らるゝは何事そや、犬死は盆なけれと、生き恥を晒すには勝るへし、屍諫と, 更に用ひられす、其處にて死したり共犬豕の死となりては、國天下に盆もなく候へは、, 先日も申如く號泣して從ふといふ、尋常家臣の列にはあるへからす、天命に任せて傍觀せ, しといひて濟むへきか、夫も不圖したる御過ちより出來なん事なれは兎も角もなれと、, そよかるへけれ、かくいふ寡人もいらさる指出たる所業とも思はるへけれと、當時京都の, 尾侯竹腰ノ, 諫言ヲ用ヒ, ズ, 安政五年四月二十日, 四四六

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  • 尾侯竹腰ノ
  • 諫言ヲ用ヒ

  • 安政五年四月二十日

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  • 四四六

注記 (20)

  • 1708,652,67,2214んとは心得難しと難し給ふに、兵部、仰一々心根に徹し候へと、幾度歟極諫に及ひ候あも
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