『大日本維新史料 編年之部』 3編 6 安政5年4月26日~5月10日 p.617

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

仕度奉存候、以上、, 以之外之義故、定る大坂御城代よりも申上候事と奉存候、尤此地こるは、極秘ニ相成居, 右大原は、大坂御城代は頼敷議論有之人とる、先日内々大坂へ相越候趣こ御座候、右は, 候間、聢とは申上兼候得共、多分無相違樣子ニる、此義ハ大隅守義も風聞承込居候趣申聞, 有之候哉こも承知仕候、右之御場合こる、大原三位卿抔之内奏、却る通り宜敷哉御座候、, と奉存候、都る大臣衆・兩傳奏衆抔は、隨分勘辨有之、穩之樣子ニ御座候得共、若年之衆, 聢と見込無之者こは、却る猥ニ探索も心配不少候間、町組與力渡邊金三郎と申者慥成者こ, 候、大原義は偏見之學者こる、其上志も不正、家事抔も不取締と申風聞こ御座候、尤私組は, 今之御所置は、却あ富國強兵之日本こた、從來之鎖法こたは籠城ニ相類シ、士氣も振間敷, 付、私家中取締之爲ニ相頼、此度之探索も同人ニ申付候處、別紙風聞書差出候間、則入御覽, 候ニ付、追々御國威被爲張候御見据と申御振合ニ被爲進仰候方、御所御受も可然哉, 何分不承知こる、只々御英氣を御進メ申上候哉こる、實は大臣衆も被成兼候御場合こも, 未聢と見込候程之者も無之、平生御所御番所相勤居候事故、知レ安義ニ御座候得共、, 候、兎角心配之風聞のみ品々御座候る、不堪苦心候、何卒諸司代衆一日も早上京御座候樣, 七月廿六日大久保伊勢守印, 七月廿六日, 大久保伊勢守〓, モ若年ノ者, ハ穩和ナル, ハ承知セズ, 金三郎ヲシ, テ探索セシ, 町與力渡邊, ニ大坂ニ赴, 大原重徳私, 大臣兩傳奏, 安政五年五月七日, 六一七

頭注

  • モ若年ノ者
  • ハ穩和ナル
  • ハ承知セズ
  • 金三郎ヲシ
  • テ探索セシ
  • 町與力渡邊
  • ニ大坂ニ赴
  • 大原重徳私
  • 大臣兩傳奏

  • 安政五年五月七日

ノンブル

  • 六一七

注記 (28)

  • 379,628,58,444仕度奉存候、以上、
  • 1183,630,66,2232以之外之義故、定る大坂御城代よりも申上候事と奉存候、尤此地こるは、極秘ニ相成居
  • 1301,628,63,2233右大原は、大坂御城代は頼敷議論有之人とる、先日内々大坂へ相越候趣こ御座候、右は
  • 1066,627,67,2230候間、聢とは申上兼候得共、多分無相違樣子ニる、此義ハ大隅守義も風聞承込居候趣申聞
  • 1418,628,63,2230有之候哉こも承知仕候、右之御場合こる、大原三位卿抔之内奏、却る通り宜敷哉御座候、
  • 1648,633,64,2234と奉存候、都る大臣衆・兩傳奏衆抔は、隨分勘辨有之、穩之樣子ニ御座候得共、若年之衆
  • 723,626,63,2221聢と見込無之者こは、却る猥ニ探索も心配不少候間、町組與力渡邊金三郎と申者慥成者こ
  • 953,625,64,2223候、大原義は偏見之學者こる、其上志も不正、家事抔も不取締と申風聞こ御座候、尤私組は
  • 1879,635,65,2224今之御所置は、却あ富國強兵之日本こた、從來之鎖法こたは籠城ニ相類シ、士氣も振間敷
  • 607,625,62,2233付、私家中取締之爲ニ相頼、此度之探索も同人ニ申付候處、別紙風聞書差出候間、則入御覽
  • 1763,637,64,2223候ニ付、追々御國威被爲張候御見据と申御振合ニ被爲進仰候方、御所御受も可然哉
  • 1533,623,62,2238何分不承知こる、只々御英氣を御進メ申上候哉こる、實は大臣衆も被成兼候御場合こも
  • 838,626,64,2202未聢と見込候程之者も無之、平生御所御番所相勤居候事故、知レ安義ニ御座候得共、
  • 491,627,62,2224候、兎角心配之風聞のみ品々御座候る、不堪苦心候、何卒諸司代衆一日も早上京御座候樣
  • 260,735,61,1879七月廿六日大久保伊勢守印
  • 263,740,58,274七月廿六日
  • 260,2054,58,564大久保伊勢守〓
  • 1581,264,44,207モ若年ノ者
  • 1632,265,41,201ハ穩和ナル
  • 1532,264,41,201ハ承知セズ
  • 706,254,42,209金三郎ヲシ
  • 656,259,41,203テ探索セシ
  • 756,254,44,214町與力渡邊
  • 1298,263,44,209ニ大坂ニ赴
  • 1349,253,43,214大原重徳私
  • 1684,256,43,217大臣兩傳奏
  • 161,716,45,347安政五年五月七日
  • 155,2359,48,123六一七

類似アイテム