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はあるへからす、ありかたく覺え侍りける, 興山寺由來之事, 候由、内々申觸候歟、毛頭左樣之子細ニては無御座候、, ゝ、一字ももらさす、一〓ニしるしたてまつる、一代教主之御説法も、此外, 可存、木食の高野と可存旨、各衆僧ニ可申聞之由、兩度おしかへし被戌, 者、猶可相隨、自然其砌對武士、少成共存分たてを仕候者、重而強武士出來候, 時、必可加退治、然者數珠のつかまてを取候事、山も安全ニして、仏法相續之, 義法談會塲之ために、各相應に料物を出し、其外世間之奉加をこひ、始而建, 瑞相也、又次ニ木食一人ニ對し、高野を立をかせられ候間、高野之木食と不, 御〓候、先以愚老忝奉存、誠日を經ても、猶感〓難押、致歸山、御を葉を其ま, 立いたし、それより以來三十ケ年餘、客僧衆年中之寺役、毎月之法談、無怠慢, 興山寺は、天正年中に、諸國より住山之客僧衆、木食上人を本願とたのみ、論, 右一々加樣之次第ニ御座候處、文殊院公儀を掠め、木食跡式悉相續仕, 可有相違、所詮衆僧如法之行儀可爲肝要、後代ニ雖爲弱武士、其寺於令異見, 天正十四年七月廿八日, 天正十四年七月廿八日木食興山社人, 木食興山上人, 應其判, 由來, 興山寺ノ, 客僧衆, 又續實簡集五十五, 六四九
割注
- 木食興山上人
- 應其判
頭注
- 由來
- 興山寺ノ
- 客僧衆
柱
- 又續實簡集五十五
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- 六四九
注記 (23)
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