『大日本古文書』 伊達家文書 3 伊達家文書之三 p.358

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儀候故、城へ引取候へは、四方ゟ付こみ、城下之町燒拂、十月廿六日ニ右, 待候へと御申付候故、明日城落候共、無御下知以前は見物ニ而御座候、, 兵粮御座候由ニ候、侍共七八十御座候、籠城仕居申候下々は所之もの, にて候へは、百姓と一味仕、不殘走、相殘下々も火付なと可仕といたし, れを百生のかたゟ取、番を置、中〳〵城へとられ不申候、更共本丸ニは, 候故、城中ニ而も四十人余、十月晦日まての間ニ成敗仕候、か樣ニ御座, 由ニ候、扨右町をやきはらひ申候故、兵粮倉町うらの海邊ニ御座候、そ, せ合申候故、城中之もの一揆を追拂、百計打果シ申候、扨はてしもなき, の〓く仕、廿六七兩日ハ其儘城をまき詰、せめ申候、玉藥つき候て、廿七, 候故、我等國ヘ加勢をこい申候、然共彼御法度故、無上意て不罷成候, 日ゟ引、五六百程近所之山へ取上り、よる〳〵城きわへ來り、わめき申, 故、豐後之横目衆ヘ尋候へは、江戸ヘ得御意ニ遣候間、御諚次第相, され共本丸二之丸石垣も能、水ほりにて御座候間、城者落申間敷と存, 伊達家文書之三, 細川氏法, 出サズ, テ加勢ヲ, 度ヲ憚リ, ニ一味ス, 城兵百姓, 一揆松倉, 氏ノ居城, ニ迫ル, 伊達家文書之三, 三五八

頭注

  • 細川氏法
  • 出サズ
  • テ加勢ヲ
  • 度ヲ憚リ
  • ニ一味ス
  • 城兵百姓
  • 一揆松倉
  • 氏ノ居城
  • ニ迫ル

  • 伊達家文書之三

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  • 三五八

注記 (25)

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