『大日本近世史料』 細川家史料 12 細川忠利文書五 p.182

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不申候故、牙鑿釜可被仕樣無御座候、如何樣外之きりしたん内へ之内通御座候哉、山なと二, 加減二仕候へは、城之本丸二之丸かけて海へはね可曲-由二候、石垣以下ちり可申候間、如, も不存寄所二、煙なと立申候故、方々ニ遠見を付、只今は心を付申候間、替儀候はゝ、見, 一、節々城内二高とうろうをともし申候、又わらんへのなくさみ二仕候いかのほりを城にあけ, 崎ゟ唐人木鐵炮を誘參候、筒口差渡二尺五寸御座候故、玉のおもさ七十五人こて持申候、, 可有由二御座候事、, 候へは、又外こもいつそや陣取ニあけ申候由二付、其時は外之いかのほりあけ申候處しれ, 付可申と奉存候、此外相替儀も無御座候、此等之趣〓有披露候、恐々謹言, 一、三之丸を取、二の丸之成候はゝ、柵を付、ほしころしたるへき口うらにて御座候、其上長, をほりこみ、つゝ尻を地そこへあて、火なわをながく仕、十四五町ものき、火のわたり候, 何樣遙々のき不申候るは不成由申候、か樣之物、本丸・二ノ丸へさくを付候以後、御申付, 玉を二ツこみ、又やくわんほとの玉を貳十五入、藥貳千五百斤こみ、城之方へ土井二あな, 二月十六日, 木鐵炮ヲ製シ, ソノ用法, 燈籠ヲ點シ風, 唐人長崎ヨリ, 城石垣ハ飛散, 節々城内ニ高, ヲツケ干殺, ノ城内ヘノ内, 二ノ丸攻ハ棚, 城外ノ切支丹, ヲ上グ, セム, 通ヲ警戒ス, 來ル, 寛永十五年二月(九一五), 一八一二

頭注

  • 木鐵炮ヲ製シ
  • ソノ用法
  • 燈籠ヲ點シ風
  • 唐人長崎ヨリ
  • 城石垣ハ飛散
  • 節々城内ニ高
  • ヲツケ干殺
  • ノ城内ヘノ内
  • 二ノ丸攻ハ棚
  • 城外ノ切支丹
  • ヲ上グ
  • セム
  • 通ヲ警戒ス
  • 來ル

  • 寛永十五年二月(九一五)

ノンブル

  • 一八一二

注記 (29)

  • 828,697,65,2160不申候故、牙鑿釜可被仕樣無御座候、如何樣外之きりしたん内へ之内通御座候哉、山なと二
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