『大日本古文書』 幕末外国関係文書 1 嘉永6年6月~同年7月 p.650

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者手狹に相覺候樣成行可申ニ付、誠に幸の事に候、, 待ありて、ナポレオン、デ、デルデ, 竟衆力の助に有之候、, 一トルコ國境に有之候モンテ子ゴロー, と婚姻を結ひ申候、此侯女き、古き貴重の家柄に有之、尤王家の續には無之, て頭後に疵付〓申候、然といへとも、此疵深手に無之、最全く平愈致し候、, 昨年萌し候國政改革の儀全廢絶、國中の平和連綿致し候樣相成候、右き畢, 候、右婚姻儀式の祝盛に取行申候, 一當年正月、オーステンレイキ國帝の身上に、誠ニ以危き事有之候、右き先年, 一去子年十二月廿日、フランス國都府にそ、フランス帝イスパニヤ國の侯女, ホンガリヤ國一揆の節荷擔の騎士、右國帝に理不盡に仕掛り、小刀をもつ, 事年々相増申候、右樣の義有之候き、人民次第に相増、ドイツ國中に住居候, 一ドイツ國儀き、至極靜謐に有之候、扨此國より北アメリカ州に家移致し候, 帝號を稱するの儀式有之哉の由ニ候, といへる同國附領の小地とトル, 一風聞有之候ニき、ローマの僧侶官酋長當七月ニ到り、フランス國都府に招, コ國との異論に付、オーステンレイキ國其仲ニ入取扱候事よりして、當時, 地, 人, 名, 名, 獨國ノコ, 澳帝遭難, 澳國ノコ, 米國ヘノ, 土國ノコ, 移住民多, 嘉永六年七月, 六五〇

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  • 獨國ノコ
  • 澳帝遭難
  • 澳國ノコ
  • 米國ヘノ
  • 土國ノコ
  • 移住民多

  • 嘉永六年七月

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  • 六五〇

注記 (29)

  • 755,606,67,1513者手狹に相覺候樣成行可申ニ付、誠に幸の事に候、
  • 1107,607,61,919待ありて、ナポレオン、デ、デルデ
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