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鎭江南京へ迯集り、堅く相守り居り候を官軍取圍み、兩所通路不相成樣斷ち, 處、京都より欽差大臣下向にく、十月頃こ至、揚州す連々恢復致し、賊徒何れも, 落城致す間敷哉、勿論大砲等にて盛ニ致し候得は、速に退治可仕候得共、賊兵, 切罷在候、右南京は明の太祖建都の地にく、至て要害宜敷候得は、多分急ニは, 之内に良民脅從之者も不少候得は、玉石を不分は流石に不忍、只緩攻して粮, 人雷之爲に打碎のれ、夫より洪秀全自ら天徳皇帝と僣稱致し候由ニ御坐候, 三个所共城郭を奪ひ取、其地の官員討死不少、追々隣縣諸所ゟ軍兵繰出し候, 此外別に一種之賊有之、小刀會と唱へ、福建之者共之由ニな、兼なは良民体ニ, し候由、右之示合は、銘々小刀を隱し持居、何方にて出會候ても、右小刀を以割, し候由、必竟妖術にも可有御坐哉、然處昨五月頃、俄に風雨雷鳴烈しく、右木偶, 道を斷ち切、自然と降參致候樣、欽差大臣之謀略之由ニ御坐候、右ニ付、此節唐, と唱へ、至て尊敬いたし、軍兵之進退等右木偶人を祈り、其示現に隨ひ决行致, 國出帆之頃迄、勝敗相分不申候、將又洪楊之兩賊兼な木偶人を拵へ、天徳皇帝, 身を紛らし、活業の爲に世間を遍歴し、合圖次第一所に相集り、忽徒黨劫奪致, 符と致し候由、尤是は城地を屠り州邑を割據致し候志は無之、只々財寶を奪, 小刀會, 安政元年閏七月, 三〇四
頭注
- 小刀會
柱
- 安政元年閏七月
ノンブル
- 三〇四
注記 (18)
- 1590,570,75,2246鎭江南京へ迯集り、堅く相守り居り候を官軍取圍み、兩所通路不相成樣斷ち
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