『大日本古文書』 幕末外国関係文書 11 安政2年4月中旬~同年5月下旬 p.99

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り歸候者案外之躰ニ〓かなしみ居候由, こ而も何之人足ニ〓も、遣呉候之樣申出候よし、右ニ付戸田村之道普請い, 候得共、乍去如何可有之哉、戸田村は百石前後之村ニ異人三百人も久々罷, 在候〓は、魯人之大將いかに世話いたし候共、おのつから不取締之女一條, ーネル船御打立ニ相成候はゝ、右之手傳を爲致候方不苦候間、右之趣ニ取, 一中村爲彌方より、魯人久々逗留退屈いたし候ニ付、日本人と存候ゑ、作日傭, 座候、それとも亞人欺ニは無之候〓、亞人之取計こし迎船差越候哉は難計, 等は出來候儀ニ御座候、扨々こまり候儀こ御坐候、乍去如何樣いたし候は, 田より歸候ものたゝすみ所も無之、無余義外之港え差遣候由ニ〓、日本よ, たさせ可申哉之段伺來り候間、右は不相成旨申達候積ニ御坐候、勿論スク, 合考可被成候、若哉御評議之御一助等こも可相成哉と、別紙差上申候、, 成可申躰ニ付、市中其外自燒清野之術を施し有之、其上いまた大雪ニた、戸, 然るに中村爲彌, 候ニ付、此躰ニ〓は、魯西亞之迎船はい御頃可參哉、事實は不相分候儀ニ御, ゝ可宜5之見込は少も無之候、こまりたる事こ御坐候、委細は爲彌書状御, より、別紙之通申越候、右之趣ニ〓は、いつき大合戰之事は相違も有之間敷, 以上森山多吉郎, 相□□風聞なり、, コトヲ望, 新船建造, 露人ヲ雇, ノ爲メニ, 取締, 露人雇役, 戸田村ノ, セラレン, 役セント, 安政二年四月, 九九

割注

  • 以上森山多吉郎
  • 相□□風聞なり、

頭注

  • コトヲ望
  • 新船建造
  • 露人ヲ雇
  • ノ爲メニ
  • 取締
  • 露人雇役
  • 戸田村ノ
  • セラレン
  • 役セント

  • 安政二年四月

ノンブル

  • 九九

注記 (29)

  • 1660,639,65,1196り歸候者案外之躰ニ〓かなしみ居候由
  • 476,659,69,2192こ而も何之人足ニ〓も、遣呉候之樣申出候よし、右ニ付戸田村之道普請い
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