『大日本古文書』 幕末外国関係文書 12 安政2年6月上旬~同年9月上旬 p.249

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一右ニ付、同志方きは、デキリム, し候由に御座候、, 堅固に致し候處、第十一月十三日, きは、凡四五千人の重き手負死人有之候由ニ候、嘆〓〓のゲ子ラール四人は, 強勢六千人きは、終に敵を擒にさんかため、デテルナイヤ, 兩陣の衆群を怖ろしく惱し申候、通例デキリム, 相互に防戰いふし候、ゲ子ラール, の體に成行申候、合戰の發暴仕候所々、何れに於ても、亦コレラ, 手を負ひ、三人は討死致し、此時魯西亞方にも、亦ゲ子ラール六人亡命いた, 郎西の告知には、魯西亞方の死人重き手負一萬二千人余にして、同志の方, 戰に因て事治り、魯西亞人き、セハストポルに歸陣いたし候、嘆〓〓及ひ拂, に傍ふて來り申, 強く、其時候に相成候頃、暴風およひ際限なき暴雨有之、其徴を示し申候、兵, 候、嘆〓〓人共は、第一の砦を失ふたる後きは、一寸も逃避不致、拂郎西人の激, の援兵に因て、剛強に防禦仕候、此後き日々同所に於て戰爭有之候、, 一同志方の爲に相應なる上陸塲エウパトリア街は、同志に押領さられ、要害, に、魯西亞人共襲來候得とも、海軍, に於てきは。、冬の寒氣格別, にて、〓に防禦仕候得とも、其形勢殊の外難澁, 流行致し、, ボスクウヱツト, 配下拂朗西の一手, 九月廿, 病, 名, 地, 名, 名, 三日, 名, 地, 名, 川, 名, 官, 人, 安政二年七月, 二四九

割注

  • 九月廿
  • 三日

  • 安政二年七月

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  • 二四九

注記 (38)

  • 602,543,58,818一右ニ付、同志方きは、デキリム
  • 1071,596,56,509し候由に御座候、
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