『大日本近世史料』 細川家史料 3 細川忠興文書三 p.267

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局とめられ候と申候、其時、兩人之女房衆、扨は春日殿申上事を御とめ候哉と被申候へは、, まひは、又若黨之小身者もせぬ家居にて候と、ふしんニ存候事、, 一、此御煩之はしまりは、御姫樣之御事、若狹守下々長屋二〓惡口申候を、ちいさき女房衆, 聞候あ、御姫樣へつけ被申たるを直二聞召、與風御氣あかり、御煩付候由候、たゝ事, 次第、相國樣へ被爲仰置たる由候、それを兩人之女房衆すて二可申と被申候處、春日之御, ならぬ儀共候、御姫樣御座候御座敷と長屋之間はそさうなる塀一ゑの由候、かやうのす, 一、御姫樣御果候時、西之御丸之御局と今一人御女房衆を御頼候あ、若狹守わるく當り申候, 今御しうしやうにて御取紛之刻は先御遠慮候へかしと、被申たる由候、にか〳〵敷事共候, 春日殿返事之、かやう二申うへはとめ申候、其子細は、とても御耳可入儀之候へ共、只, 候、乍去、我々いつかたへも不出二付不存候、今之躰は、主上女宮樣へ御位ゆつらせ, 事、付リ、此儀事之外をんみつにて候事、, 候、雅樂殿か信濃殿か事之外しかられ候由候、かゝる事も可在之儀候哉、筆をすて申候事、, 一、板周防も先月著府候へ共、禁中之事有無之御沙汰無之候、國師上洛之事も今はさたなく, れぬやうすの由候、客人こ青木民部子。其外左樣之仁一兩人、にけ候事も不成たゝすみ居候由, 春日局女房衆, ノ言上ヲ差止, 言上ノコトヲ, 女房衆ニ遺言, 原因, 忠高室病臥ノ, 忠高室秀忠へ, 禁中變化ナシ, ス, ム, 春, 寛永七年三月(七九九), 二五三

頭注

  • 春日局女房衆
  • ノ言上ヲ差止
  • 言上ノコトヲ
  • 女房衆ニ遺言
  • 原因
  • 忠高室病臥ノ
  • 忠高室秀忠へ
  • 禁中變化ナシ

  • 寛永七年三月(七九九)

ノンブル

  • 二五三

注記 (27)

  • 4128,1848,241,6736局とめられ候と申候、其時、兩人之女房衆、扨は春日殿申上事を御とめ候哉と被申候へは、
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