『大日本近世史料』 細川家史料 10 細川忠利文書三 p.242

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被申候つる、其段と何方か共我等も不申下候、又慥何方か二日路と有儀と、いつれへも尋, 一、人馬之送、二泊送候事、我等者共ゟ其元への書付、被寫下候、此所を御法度書こは二泊と, 候はんと存候、是以推量にて御座候、とかく此書付にて大方參候間、居城ゟ二泊との儀こ, 不申候、御法度書之寫迄を下申候故、加樣二合點參候と奉存候、又馬ははみを遣、人こは, 一升飯米遣申候由、是は御法度書二無御座候、送申候人馬は、手前之造作にて參にて御座, 候事、, 今度被仰出候はゝ、熊本ゟ駄賃を可遣候、其時、只今遣候兵粮・馬之飼も、算用二立可申, 迄御座候、榊左なと切々國替之奉行二被參候間、尋候へは、居城之城下か二泊送申候由、, 五四八十一月廿日書状案, 十九日之御書頂戴仕候、, 罷立候、以上, 寛永九年十一月(五四八), トス, 城ヨリ二泊沃, 榊原職直ハ居, 人馬送, 法度書ニハ二, ハス事ハ法度, 泊トノミ規定, 書ニハナシ, 立ノ豫定, 中ニ肥後へ出, 馬飼飯米ヲ遣, ス, 二四二

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  • トス
  • 城ヨリ二泊沃
  • 榊原職直ハ居
  • 人馬送
  • 法度書ニハ二
  • ハス事ハ法度
  • 泊トノミ規定
  • 書ニハナシ
  • 立ノ豫定
  • 中ニ肥後へ出
  • 馬飼飯米ヲ遣

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  • 二四二

注記 (25)

  • 884,741,60,2181被申候つる、其段と何方か共我等も不申下候、又慥何方か二日路と有儀と、いつれへも尋
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