『大日本近世史料』 細川家史料 12 細川忠利文書五 p.200

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嶋もの共二る可有御座候、又々鍋嶋迷惑可仕と存候、, らせ候、當月四日二山かり仕由乙候、有馬落城以後落人三人御座候を、鍋嶋者隱シ、舟二, て落シ可申と仕候所を見付、上使へ申二付〓、鍋嶋も事之外迷惑かりのよしニ候、早船, 追る中上候、先度之手負・死人の目録、急書おとし申候、少つゝの手負は与々ゟ, 一、御息災二江戸へ御下著被成候哉、承度奉存候、永々道二御苦勞之程奉察候、, も二三艘關所理なしニ參候、上使御聞付候〓、我等早船共御申付、追懸やられ候、定る鍋, 九二四三月五日書状案, 書出不申候、それを加へ候へは貳千九十九人〓二る御座候、已上, 謹る言上仕候、, 一、有馬上使衆未逗留nる御座候、一揆共殘居候へはとて、温泉山諸手へ御申渡候て、御か, 一、我等も肥後守も當月二日二歸國仕、緩々と休息仕事候、此等之趣〓有披露候、恐々謹言, 寛永十五年三月(九二四), ヲ狩ラシム, ヲ隱シ舟ニテ, 關所破リノ早, 鍋島家臣落人, ノタメ雲仙嶽, 舟ヲ追ハシム, 逃ガサントス, 上使落人探索, 忠利光尚歸國, 傷者ハ貳千九, 十九人, レバ家中ノ死, 輕傷者ヲ加フ, ス, 二〇〇

頭注

  • ヲ狩ラシム
  • ヲ隱シ舟ニテ
  • 關所破リノ早
  • 鍋島家臣落人
  • ノタメ雲仙嶽
  • 舟ヲ追ハシム
  • 逃ガサントス
  • 上使落人探索
  • 忠利光尚歸國
  • 傷者ハ貳千九
  • 十九人
  • レバ家中ノ死
  • 輕傷者ヲ加フ

ノンブル

  • 二〇〇

注記 (27)

  • 496,696,59,1267嶋もの共二る可有御座候、又々鍋嶋迷惑可仕と存候、
  • 823,701,64,2158らせ候、當月四日二山かり仕由乙候、有馬落城以後落人三人御座候を、鍋嶋者隱シ、舟二
  • 713,704,64,2164て落シ可申と仕候所を見付、上使へ申二付〓、鍋嶋も事之外迷惑かりのよしニ候、早船
  • 1821,922,58,1945追る中上候、先度之手負・死人の目録、急書おとし申候、少つゝの手負は与々ゟ
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