Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
候ものは、跡の番衆ころし申候つる事、勿論其方存之事之乃候へ共、織部使之申きかする, 一、本丸廿八日之濟候事も、僞之め無之候、廿七日之、存之ことく乘込、やき、其跡之さく付、, ため、如此申候事、一、其方・我等ゟ之注進状之寫、主馬かたゟ越候、如此と覺え候、急, 申候、其は存之ことく、海手ゟのり、則乘口之盆田才介火を付申候事、, つまり居申候を、より相ころし候事之め可在之候、其儀は、廿九日迄も、はし〳〵より出, 先手備を持、夜をあかし申候時、跡々ゟ餘手之人數もはいり居申候間、是又紛なき事、又, 候故留無之候、さて此注進状之、少もちかひ候事無之候、其證據は、御横目馬場三郎左衞, 申候間、織部を遣、必々よく申わけ御合點參候樣こ可被仕候、かすか殿への文、封シ不申, 遣候、其元にて織部之よく〳〵見せ、さて申わけ可被仕候、むさとながく申候はゝ、合點, こは、本丸も廿八日之相濟候由之候へは、廿七日之相濟候と申事、違候樣之御心得と見え, 數々鐵炮にてうちころし申候、志摩殿御申候は、本丸之わき出丸へ、きり「したんにけあ, 廿八日は、夜明こ四郎家、吉田十右衞門やき、其きわ之め四郎をうち、其外夜明候ても、, 參ましく候、二之丸之火本丸へうつり不申候わけは、二之丸は七ツかしら之やけ濟、其跡, 〓伊豆殿・左門殿・我等を始、存之ことく人數たて居候め、さて本丸は、とりの刻二やけ, シ證據, 廿八日本丸陷, 解ニ遣スベシ, 落モ僞ニ非ザ, 二ノ丸ノ火本, 丸ニ移ラザリ, 松野親英ヲ辨, ル理由, 忠利光尚注進, 寛永十五年三月(一二三三), 五
頭注
- シ證據
- 廿八日本丸陷
- 解ニ遣スベシ
- 落モ僞ニ非ザ
- 二ノ丸ノ火本
- 丸ニ移ラザリ
- 松野親英ヲ辨
- ル理由
- 忠利光尚注進
柱
- 寛永十五年三月(一二三三)
ノンブル
- 五
注記 (25)
- 452,666,59,2199候ものは、跡の番衆ころし申候つる事、勿論其方存之事之乃候へ共、織部使之申きかする
- 1008,611,58,2254一、本丸廿八日之濟候事も、僞之め無之候、廿七日之、存之ことく乘込、やき、其跡之さく付、
- 339,675,58,2200ため、如此申候事、一、其方・我等ゟ之注進状之寫、主馬かたゟ越候、如此と覺え候、急
- 1120,662,57,1726申候、其は存之ことく、海手ゟのり、則乘口之盆田才介火を付申候事、
- 564,672,57,2199つまり居申候を、より相ころし候事之め可在之候、其儀は、廿九日迄も、はし〳〵より出
- 896,661,60,2202先手備を持、夜をあかし申候時、跡々ゟ餘手之人數もはいり居申候間、是又紛なき事、又
- 226,664,61,2207候故留無之候、さて此注進状之、少もちかひ候事無之候、其證據は、御横目馬場三郎左衞
- 1562,662,60,2207申候間、織部を遣、必々よく申わけ御合點參候樣こ可被仕候、かすか殿への文、封シ不申
- 1451,659,58,2211遣候、其元にて織部之よく〳〵見せ、さて申わけ可被仕候、むさとながく申候はゝ、合點
- 1673,668,60,2203こは、本丸も廿八日之相濟候由之候へは、廿七日之相濟候と申事、違候樣之御心得と見え
- 675,663,59,2206數々鐵炮にてうちころし申候、志摩殿御申候は、本丸之わき出丸へ、きり「したんにけあ
- 786,664,56,2173廿八日は、夜明こ四郎家、吉田十右衞門やき、其きわ之め四郎をうち、其外夜明候ても、
- 1341,668,57,2201參ましく候、二之丸之火本丸へうつり不申候わけは、二之丸は七ツかしら之やけ濟、其跡
- 1231,681,56,2185〓伊豆殿・左門殿・我等を始、存之ことく人數たて居候め、さて本丸は、とりの刻二やけ
- 1253,246,41,123シ證據
- 1009,243,41,263廿八日本丸陷
- 1519,239,41,260解ニ遣スベシ
- 962,240,43,263落モ僞ニ非ザ
- 1341,245,42,260二ノ丸ノ火本
- 1297,241,40,259丸ニ移ラザリ
- 1562,239,43,267松野親英ヲ辨
- 918,247,41,122ル理由
- 238,244,42,263忠利光尚注進
- 130,736,44,682寛永十五年三月(一二三三)
- 124,2552,43,39五







