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百姓之儀は、又此方之て右衞門殿使之して中川殿へ可申談候、, へ之請取を取候かと覺へ、いまた申約束迄にて書物之樣子も不申來候間、内衆之受取を, て、我等方へ參度由中川被申候、我等は少も意趣無之候へとも、内膳不被參候故其分ニ候, つる、又可參と被申候と、主次第と返事申候間、只今迄之走百姓返シ可申候事、此以後未, かたは未參候へ共、甲斐殿御用ニ候はんと存、早々先甲斐殿へ進之、いつも甲斐殿ゟ公義, 遣候、銀子と無之由候間、瀬戸五兵衞手前之銀子を請取可遣候、謹言, 甲斐殿へ可遣候、甲斐殿へ之書状之ふうしなしこ遣候間、其元こめ見候あ、ふうし候て可, 取、重め公義ゟ之被仰渡次第、御書物請取可申由可申談候、百貫目を舟之め此状をそへ, 一、上樣ゟ山甲州へ、いつもの銀子被遣候、我等手前ゟ百貫め、替シ之御奉行と申談候、其手, 三月七日, 長岡監物殿, 長岡佐渡守殿, 寛永十七年三月(一五〇九), 有吉頼母佐殿, (米田是季), 有吉頼母佐殿, 長岡佐渡守殿, 長岡監物殿, ヲ拜領ス, 幕府ノ指示次, 山崎家治銀子, ルベシ, 等ニ請取ヲ取, ニテ遣ハス, 百貫目ヲ爲替, バ返サム, 直ニ申入アラ, 寛永十七年三月(一五〇九), 一五二
割注
- (米田是季)
- 有吉頼母佐殿
- 長岡佐渡守殿
- 長岡監物殿
頭注
- ヲ拜領ス
- 幕府ノ指示次
- 山崎家治銀子
- ルベシ
- 等ニ請取ヲ取
- ニテ遣ハス
- 百貫目ヲ爲替
- バ返サム
- 直ニ申入アラ
柱
- 寛永十七年三月(一五〇九)
ノンブル
- 一五二
注記 (29)
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