『大日本近世史料』 細川家史料 16 細川忠利文書九 p.72

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○本書状案、墨ニテ抹消サル、, 五月十六日之御状、同廿七日之晩拜見仕候、當年何も罷下之相濟申候間、自餘之大名衆ゟ, 儀、相心得存候、乍去、隣國を聞合可申候由、同時分之罷出候へは、用意仕、近國出船之, 時分罷出候へは、それは成可申候、廿日も卅日も先こ參候儀は、何共とい合不罷成候、其, は無之候條、此由丹州へ御物かたり被成、御返事早々可被下候、必七月廿日時分ニ可罷出, 子細よ、いつれも江戸ゟ之左右を請、其まゝ被上候故、先へ罷下事は聞合候ては成事にて, 廿日卅日もはやく罷下可然由、丹後殿御申候通、左候し、八月中旬ニ國を罷出候樣ことの, 一五七六五月廿八日榊原職直宛書状, 候、左候へは、當年之所務はやくこ立不申候間、十日廿日早罷下候も同事之存候、進物已, 無之候間、母ノ三十三年を七月十七日にて候間、則七月廿日時分當地を出船仕罷下候ゟ外, 下も萬事其元へ罷下、御談合可申と存事候、存之外なるはやき事にて御座候、, 寛永九年五月(一五七六), 參府ヲ稻葉正, 勝ヨリ指示サ, 他大名ヨリモ, 國ハ成リ難シ, 他大名ヨリ廿, 日カ卅日早キ, 餘リニ早キ出, 七月廿日ニ出, 國セム, ル, 七二

頭注

  • 參府ヲ稻葉正
  • 勝ヨリ指示サ
  • 他大名ヨリモ
  • 國ハ成リ難シ
  • 他大名ヨリ廿
  • 日カ卅日早キ
  • 餘リニ早キ出
  • 七月廿日ニ出
  • 國セム

ノンブル

  • 七二

注記 (23)

  • 1892,833,46,581○本書状案、墨ニテ抹消サル、
  • 1307,668,73,2195五月十六日之御状、同廿七日之晩拜見仕候、當年何も罷下之相濟申候間、自餘之大名衆ゟ
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  • 640,669,72,2184は無之候條、此由丹州へ御物かたり被成、御返事早々可被下候、必七月廿日時分ニ可罷出
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