『大日本近世史料』 細川家史料 18 細川忠利文書十一 p.408

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

二七五二十二月八日春日局宛書状, 一、そこもと何もかはる事御さなきよし、承とゝけ申候事、, 一、京ゟくわんきよなされ候折ふし、又日光ゟ御下向のじぶんも御文くたされ候、過分ユそん, 一、我々國のふしんの事も御禮仰上られ候て被下候よし、忝そんしたてまつり候、, 一、そもした御こしのいたミもちとよく御さ候よし、めてたくそんし候事、, したてまつり候、いつれも御返事申あけ候つる、さためてとゝき申候はんとそんし候事、, かてよく御さ候よし、めてたき御事にて御さ候事、, 一、そもし樣へ上申候二ツのふミのとおり、仰あけられ候よし、御きけんも能御さ候つるたん、, よし、めてたき計にて御さ候、二三日過て御めにあかミさし申候へ共、是もすき〳〵とや, 一、くはうた御きけんよく御さなされ候、一しほ御ひまんなされ候て、御せんもよく上り申候, 日とひの文しん上申候、御返事とて十月廿一日のこま〳〵の御ふミ、はいけんいたし候、, 寛永十一年十二月(二七五二), (徳川家光), 春日局腰痛輕, 快ス, 治癒ス, 禮取次ヲ謝ス, 家光肥滿ス, キ家光へノ御, 熊本普請ニツ, サスモ直チ, 家光目二赤ミ, 状二通ニテ申, 寛永十一年十二月(二七五二), 四〇八

割注

  • (徳川家光)

頭注

  • 春日局腰痛輕
  • 快ス
  • 治癒ス
  • 禮取次ヲ謝ス
  • 家光肥滿ス
  • キ家光へノ御
  • 熊本普請ニツ
  • サスモ直チ
  • 家光目二赤ミ
  • 状二通ニテ申

  • 寛永十一年十二月(二七五二)

ノンブル

  • 四〇八

注記 (25)

  • 1604,741,76,1317二七五二十二月八日春日局宛書状
  • 509,623,55,1373一、そこもと何もかはる事御さなきよし、承とゝけ申候事、
  • 724,619,63,2246一、京ゟくわんきよなされ候折ふし、又日光ゟ御下向のじぶんも御文くたされ候、過分ユそん
  • 952,624,59,1929一、我々國のふしんの事も御禮仰上られ候て被下候よし、忝そんしたてまつり候、
  • 839,623,60,1762一、そもした御こしのいたミもちとよく御さ候よし、めてたくそんし候事、
  • 614,672,59,2155したてまつり候、いつれも御返事申あけ候つる、さためてとゝき申候はんとそんし候事、
  • 1064,672,56,1216かてよく御さ候よし、めてたき御事にて御さ候事、
  • 396,620,58,2261一、そもし樣へ上申候二ツのふミのとおり、仰あけられ候よし、御きけんも能御さ候つるたん、
  • 1172,674,55,2199よし、めてたき計にて御さ候、二三日過て御めにあかミさし申候へ共、是もすき〳〵とや
  • 1278,626,61,2245一、くはうた御きけんよく御さなされ候、一しほ御ひまんなされ候て、御せんもよく上り申候
  • 1389,677,57,2153日とひの文しん上申候、御返事とて十月廿一日のこま〳〵の御ふミ、はいけんいたし候、
  • 1946,756,51,743寛永十一年十二月(二七五二)
  • 1340,674,35,163(徳川家光)
  • 826,248,43,253春日局腰痛輕
  • 784,247,41,76快ス
  • 1106,249,39,117治癒ス
  • 884,247,41,246禮取次ヲ謝ス
  • 1300,247,38,207家光肥滿ス
  • 928,251,41,250キ家光へノ御
  • 973,247,39,249熊本普請ニツ
  • 1151,252,36,238サスモ直チ
  • 1192,248,37,249家光目二赤ミ
  • 417,246,38,254状二通ニテ申
  • 1946,755,51,743寛永十一年十二月(二七五二)
  • 1945,2424,42,129四〇八

類似アイテム