『大日本近世史料』 細川家史料 22 細川忠利文書十五 p.161

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此方へ取中候、右は廿七日八ツの頭り其日ニ相濟申候、本丸之内ひくき出くるわはノ, 四〇八六二月廿九日吉原少兵衞宛書状, 尚々、三ノ丸は我等守立花兩人うけ取こて、兩人の人數のりこミ中候、二ノ丸へは我, 果相濟中候、切捨の首數なと未しれ不中候、存之外之討死之數たるへきと存候、恐々謹旧, 明ル廿八日ニ諸手の出相こて討果中候、本丸のりこミ候時、はや日くれ毋候に、の, り口こて夜をあかし申候つる、可有御推量候、具之儀被付置候衆可被申候、以上, 等人數ゟ鍋島人數はやくのり中候、本丸へは我等人數にてのりこミ、則大將四郎首, 月廿七日ニ本丸迄のり取、明ル廿八日二はし〳〵のやけ殘りこきりしたん居中候を不殘討, 二月廿九日, 日置]劃吋{前守殿, 御返報, (忌〓, ルル使者ヨリ, 詳細ハ付置力, 報ゼラレム, 寛永十五年二月(四〇八六), 一六

頭注

  • ルル使者ヨリ
  • 詳細ハ付置力
  • 報ゼラレム

  • 寛永十五年二月(四〇八六)

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  • 一六

注記 (17)

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