『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 1 p.365

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あらす、, 日本分形圖一卷, を分たす、近國或は二三國或は四五國を一圖に合す、次に海上肥前長崎より異國への甲, 撰人をあらはさす、題言本朝の地勢廣〓里數を記し、地圖をあらはす、必しも畿内七道, 紀州和歌山より備後福山まて、大坂より肥後迄の里數、紀州より西國の海上、大坂より, 諸所への道程、江戸より曰光への道筋、江戸より曰光へ佐野海道、紀州より江戸迄陸路, 道程、美濃街道、木曾路、江戸より最上庄内の道程、仙臺并南部海道、山形より郡迄の, 道程、次に五畿七道徑路方角竪横遠近の數量と題し國ことに惣高・方位・所々への道程, 數およひ大坂より長崎、大坂より豐前小倉、小倉より肥後まて、紀州和歌山より江戸迄、, 薩摩への海上、紀州和歌山より江戸への海上、次に鹽境の事、西國せとの覺、陸路西國, 馬淵氏日本圖一鋪刻, を記し、卷尾に日本六十七州貢穀二千二百五十二萬九千二百八十三石と書し、寛文六年, 丙内午とあり、是書一小册子といへとも簡易にしてよくその要を得たり、諸道中記の類に, 亥, 一册, 海陸路方位道, 國ヲ一圖トシ, 撰人ヲアラハ, 一三或ハ四五, 程石高等ヲ記, 寛文六年, 簡易ニシテ要, ヲ得タリ, サズ, 總紀第三, 三六五

割注

  • 一册

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  • 海陸路方位道
  • 國ヲ一圖トシ
  • 撰人ヲアラハ
  • 一三或ハ四五
  • 程石高等ヲ記
  • 寛文六年
  • 簡易ニシテ要
  • ヲ得タリ
  • サズ

  • 總紀第三

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  • 三六五

注記 (26)

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