『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 6 p.49

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り、元世祖の時高麗を先導とし對州小茂田の浦へせめ來り、宗助國戰死に及ひし事、天, ゝの事より、五年庚子彼國の邊將の返簡あり、六年辛丑伏見に於て大君より又義智〓, 和受の儀彌相とゝのふへき旨、彼國もし違有におよはゝ御馬差向らるへきの條仰遣され、, 東照宮台徳院殿御上洛、伏見に於て二使拜〓、本多正信をして使館にきたり和好の義, に任し大明征伐の役にしたかふか、左なくは君臣の禮を修むるか、これなからんにおい, 薩州に拘はれ居たる朝鮮人を上命を以てまねき、彼國え送り遣はす、九年甲辰又和議の, ては先朝鮮を征伐し、其後大明をせめらるへし、此旨歸國の節達すへきの命ありし事、, それより七ケ年の間兩國戰鬪止ます、慶長戊戌秀吉世をさり、天下の事, 義智より使節を差わたし開諭せしめ、七年壬寅彼國より二使對州に來り和好の義を談し、, りし事、庚寅彼國の三使來り大坂にて拜賀の時、朝鮮國王自身來朝すへきか、先鋒の職, 東照宮に歸し、同年十月かの地の諸軍歸り來り、翌己亥義智に命し和睦を修せしめらる, 翼辛卯彼國同心せさるのよし返簡におよひ、文祿壬辰始て征伐の諸軍を朝鮮にわたされ、, 使來り、翌立年乙巳, 松浦儀撰、儀稱儀右衞門、號霞沼、對馬儒官、朝鮮地勢・風俗、吾邦に進貢するの始よ, 止丁亥豐臣秀吉薩州を征し、凱旋の日宗義調・義智に命し、朝鮮國來朝あるへきの旨あ, 松浦儀撰, 異國紀上(朝鮮), 四九

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  • 松浦儀撰

  • 異國紀上(朝鮮)

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  • 四九

注記 (18)

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