『大日本維新史料 類纂之部』 井伊家史料 11 安政5年9月~同年10月 p.162

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候義ニ〓、是迄時々懸り之者共えも討論ニ及候得共、何分段々之次第柄ニ〓、何分ニも六ケ, 條約相濟候事ニ付、尚又彼レニは強みも有之、強情ニ申立、條約破レ候處迄之勢ひニ可相成, 敷、第一彼レ之相望候眼目之場所ニ付、たとへ來春彼地へ參り、如何樣故障を付、代港之義, 二頁)ヲ筆寫セシ部分ニ續キ、「右御返答下案付札」ト題シ、本書トホヾ同文ヲ引載シアリ、依ツテ、本書, 申諭候とも、迚も相整可申共不被存、其上アメリカ而已ならす、先比追々參り候諸夷以も、, 〓被察候事ニ〓、詰ル處は爭亂之覺悟之上ならては代港之義は相整申間敷、左候得は、還あ, ○「公用方祕録」ノ十月五日ノ箇所ニハ、第二○號收載ノ九月晦日付ニテ同役へ宛テシ老中間部詮勝書状(八, 穩御所置、卻る向後御取締も不宜ゟ被存候、尚御考量可被下候、, 然去御申越シ至極御尤之義、素より兵庫を閉候得は、萬事御都合も宜候事は、疾より心付居, 震襟をも被爲惱候期乙至り可中義、往々ノ御大事ニ有之、今日之處ニ〓, 五三十月五日大老井伊直弼〓部書状, 條殿御報職之道も付、御安心之御場合ニ到り可申、嚴科を以衆人ヲ威伏爲致候事は、何分不, ノ日付ヲ十月五日ト推定セリ、, 老中間部詮勝, 〓(案), 書状, 下總, 拵部, 〓, 兵庫開港ハ差, サレド諸夷ニ, 止メン旨御申, 右ヲ主張セバ, 越ノ儀ハ尤ナ, 戰爭ヲ覺悟〓, ザルベカラズ, (卷紙), 安政五年十月, 一六二

割注

  • 下總
  • 拵部

頭注

  • 兵庫開港ハ差
  • サレド諸夷ニ
  • 止メン旨御申
  • 右ヲ主張セバ
  • 越ノ儀ハ尤ナ
  • 戰爭ヲ覺悟〓
  • ザルベカラズ
  • (卷紙)

  • 安政五年十月

ノンブル

  • 一六二

注記 (29)

  • 799,594,58,2365候義ニ〓、是迄時々懸り之者共えも討論ニ及候得共、何分段々之次第柄ニ〓、何分ニも六ケ
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